★バイバイチェンマイ


日本を離れてから
3ヶ月が経ちました。

 

岡山で得た約30万円
そのうち20万円を銀行口座に入れて
日本を離れました。

 

「え?そんな少額で??」
と感じた方もいるかもしれませんが

 

そんなわたしは
まだ旅を続けています。

 

 

続けられています。
(本当に巡り会ってくれた方々有難うございます)

 

 

この期間
飛行機にのること7回

 

行っていたのはアジア圏だけでなく
ヨーッロッパにも顔出ししました。

 

物価の差は歴然でしたが
わたしはラッキーガールなので

 

 

どうにか生き延びています。

 

 

生き延びられています。
(本当に巡り会ってくれた方々有難うございます)

 

 

 

 

今回の旅は
アジア圏外にも渡った為

他国への移動は
ほぼ飛行機を利用していました。

 

これからまた
サムイ島、パンガン島という
タイのパラダイスへ行くのですが

 

途中のバンコクまで
寝台列車で行くことにしました。

 

 

20代半ばまでは
「安いから」
の理由で実家帰省や
その他どこか離れた他県にいくとき
夜行バスを優先して選んできました。

 

「安いから」
その理由のみです。

 

けれど実際は
重度の車酔い持ちの私にとって
(吐く・号泣・自律神経崩壊・閉所恐怖症)

長時間の移動は非常に過酷

 

そんなとき
「本当はどうしたい?」

 

の自問自答で

 

 

「本当は新幹線で早めに到着したい」

 

 

この本音を汲み取り
それ以来遠くへの移動の多くは
新幹線を利用していました。

 

しばらく遠ざかっていた
夜行長時間列車。

 

が、なぜ今回寝台列車を選んだのか

 

それは

「寝台列車」という言葉に
ロマンを感じてしまったから

 

 

それだけ。

 

飛行機では感じられない
黄昏れってやつをしたかったのかな。

 

さだまさしの歌、
「それぞれの旅」
これ知ってますか?

 

「動き始めた列車の窓に
二人の顔が写って揺れる
喜びと悲しみのレールを
誰もがこうして乗り継ぎ
それぞれに それぞれの旅を
生きている」

 

こうゆう
どこかノスタルジックな世界観
そんなのに触れてみたかったのかな・・

 

とりあえず
この直感と久々に表れた好奇心

 

この2つを抱えて
今日!
寝台列車でチェンマイを出発します。

 

 

最後に最近エンドレスループの
さだまさしさんの曲を贈ります。

 

「愛について」

 

 

最高。

行ってきます☺

 

★毛から感じる人生の話

 

わたしにとって「毛」
これについては尽きる事なく話せる話題です。

 

25才の夏
自身の毛に驚きの変化(笑)があったのと
当時住んでいた場所が沖縄で
エステティシャンなど毛に感心の高い女性も周りにいて

 

あっなぜ沖縄女性が毛への関心度高めかって
それは体毛の濃い人が多いからです。
これは男女限らずで。

 

当時仲の良かった沖縄出身の友人の話では
沖縄女性は脱毛に行く人が多いらしい。
東京に次いで2番目に!(友人談)

 

脱毛に興味を持ち始めたのも
ちょうどその時です。

 

 

て話しておきながら
今回は白髪の話!(すみません・・・)

 

 

わたし30才ごろくらいから
白髪があります。
頭の右側に4本くらい。

 

不思議なことに
右半身のみに生えるんです。

 

おへその右側にも
一本の白産毛あります。

 

今年に入って気づいたのですが
右側のまゆ毛にも一本白髪が生えてきました。
(かわいいから残してる)

 

白髪が生えるようになって思ったのですが

 

白髪が生えると
まずそれを隠そうとするよね。
特に女性は多いはず。

 

もちろん放置して
気にせずに過ごす人だっていると思うけど

 

白髪の生えるお年頃になった私には
そのさまを見て学んだことがあります。

 

多くの物から(黒髪)
新しい何か(白髪)
が生まれると
人はその珍しいものを
一瞬は着目するけれど
排除しようとする。
もしくは覆いかぶせて無いようにする。

 

 

これって日本社会と似ていませんか?

 

 

例えば
ちょっとした変わり者(どんな奴だろう。笑)が
ひょこっと世間に顔を出して
キラっと才能を溢れさせたとしても

 

現代の日本の社会的に
「NG」項目にあてはまるもの、人、こと
そうだったとしたら

 

それらは
駄目・イケナイ・非常識
なものとして識別される。

 

そして隠そうとする。

 

 

世の中には
TVやその他メディアに出ていなくても
素晴らしい才能の持ち主がいっぱいいる

「これが正しい」
「これが美しい」
「こうするべき」

 

と多くのメディアが発信していて
さらにそれが良しとされてしまっている世の中。

 

多くの人はそれらを
当たり前だと認識してしまっている。

 

私たちが生まれた瞬間からそうだ。

 

それに沿っていないものに対しては
除外しようとする。

 

 

 

もし白髪が気になってるいる人がいたら
自身に問答してほしい。

 

 

それは白いからイヤですか?
人と違うから気になりますか?

 

 

 

わたしは
「白髪は美しいのだ!そのままにしておきましょう」
と言ってるわけではないよ。

 

そうじゃなくって、
一度《自分の目》でみてみるの。
自分の心で感じてみるの。
自分はどう感じるかを確認してみて欲しいの。
(白髪はあくまで例えであります)

 

あの偉い人がこう言ってるからそうしなきゃね
テレビでああ言ってたからこれはしないようにしよう

 

ではなく!!

 

 

わたしは今まで

世間の当たり前を
家族の中での当たり前を
何の疑問も持たず過ごしてきた

 

自分の意見とか、
自分はどう思っているのかとか、

認識しないまま、
認識する術も知らないまま、
なんとなーく過ごしてきてしまった

 

だから

 

「ゆきちゃんはどう思う??」

 

これ聞かれた瞬間

細やかな自分の気持ちをのべつつ、
周りの人がGoodとする回答を
用意していたようにも思う

「この事態はこっちにいったほうが皆がいいと思うから」

が頭のどこかで作動して
完全に他人軸の言動になっていた。

 

 

だからこそ
大人になった今
自分に問答する時間を設けるようになったのだと思う

 

自分はどう感じてるのか

 

それが分かると
本当はどんなことでも
自分で決められることに気づく

選択肢が広がることにも
歓びを感じられるし

そこで戸惑わず
自分の道を選択していける

未来が明るくなるよね。
自分の軸がはっきり明確になっていくから

濁りがないの。

 

するとさ
その明快さって
周りにいる人たちや
何なら天からも
発見されやすいんだと思う

 

すると

グッドタイミングでサポートしてくれる人が表れたり。
自分自身が
本当に生きたいと思うスタイルで生きやすい。

 

 

そりゃそうだよね。

だって自分は自分なのに

空気読みまくって
誰かの期待?その場の安心?
に繋げる行為してるんだもんね
ワンマン意味無しプレー。
自己喪失行為を自分でしてる。

 

 

そんな中でも自分が
「かっこいい」
「美しい」
って思うことやモノが

 

一般的に言われる
「非常識」なものだとしても
隠さずに大切にしていけたらいいよね。

 

 

 

そんな毛からの気づき話。

 

第2弾もあるかも(笑)

 

※一部極端な言葉もあったかもしれませんが
御了承いただけたら幸いです🙇

 

★エネルギー満ちる身体感覚は何をしても最高

 

生きているだけで幸せなのに

息をしているだけで幸せなのに

 

その幸せを感じきっていると
よく悟りの世界で言われている
【無】の状態になんてならなくって

 

 

エネルギーや活力が溢れて出して
体中がふわーーーっと熱くなる。

 

 

その状態であると
ひとつの線でさえも息をしているように
たくましく見違えるものになってしまう。

 

 

そこに上手い下手などの区別はない
大事なことは
エネルギーを帯びてるか否か
ということ

 

 

人の心を動かすものって
作品や料理や授業とかとかとか
世の中に溢れる物質的なものの
その裏側にあるドラマとか想いの密度が
エネルギーの大きさに比例して

目には見えないけれど
そのエネルギーを感じられた瞬間
外見的なクオリティを超えた
「心が動く」をするんじゃないかな
身内じゃなくてもこれは可能

 

 

わたしは今回絵を描いていて感じたけど
好きなことができるってもちろん良いことで

 

だけど、さらに私にとっては
何よりも環境が大事。

 

それによって大分熱量が変わってくる。

 

 

エネルギーが満ちてくる環境に身を置いたり
そうなる行為が自分にとっては何なのか

 

それらを把握してみるのって
生活する上で
とても大切な要素だとおもうなー

 

 

 

 

わたしは頭の中が意外と動いてばかりだから
お寺にいって
大仏の前に座って瞑想してるだけで
だいぶすっきりして心地よくいられる

 

ちょっとサイケデリックだったけど(笑)
一昨日行ったチェンマイのお寺です。

 

 

 

おはよう☀☀☀
今日もご多幸感じられる1日を!

★ライオンズゲート、その先に【働き方の概念②】

 

世界の出来事で「死」を本格的に意識した瞬間からだろうか。
私にとって「生きる」という概念が変わってきたのかもしれない。(3.11です)

★ライオンズゲート、その先に【働き方の概念①】

で終わった前回の日記ですが
続きです!

 

 

②仕事の「仕」を
「幸」「志」にできることに気づき始めた

 

 

まず時間は有限であるということに気づいた。

 

曖昧に「ただ」生きるのを止めた。

 

何も考えず消費したりするの止めた。

 

 

そうしたら
手は自然に土を触っていて

 

私は東京という土地からは離れていった。

 

 

 

 

生まれてからの約25年間
地元を離れるなんて頭の片隅にもなかった私が

 

行きたいと感じたところに行っていい
誰に従うでもなく自分で決めていい
ということを知った。

 

野菜や米や果物
その他今まで口にしてきたあらゆる食料たちは
自分で育てながら生活をしていけることを知った。

 

 

今の状態になるまで
一部神経質&感受性&共感力強めなわたしは
手探りの中で色んな葛藤を抱えてたと思う。

 

そりゃあ精神的に不安定絶頂になり
気づいたら病院の中にいたり
置き手紙だけ家に残して
自分の感情も分からないまま
当時の恋人と逃亡したり(警察沙汰になりそうでした)

 

 

絶縁とか
生死のこととか
当たり前にいた家族のこととか
自分の命についてとか
誰かの命についてとか
地球で起きてることとか

 

よく分かっていなかった
ただ当たり前に思っていた世の中の仕組みにも
目を背けず向き合った。

 

 

その時はその時で一生懸命で
生きることに必死だったわけだけど

そういう経験があったからこそ
気づけたことは結構あると思う

 

誰にでもあるよね。きっと。

 

 

 

話が逸れたが
様々な経験を経ての結果

 

「仕事」を「仕」で生きていくことは
わたしには無理だったし

どうせ生きれるのなら
「幸事」「志事」をしていたい

そうできるんだということに気づき始めてきたんだと思う。

 

=自分を生きる

 

ということだ。

 

 

 

この世の全てが幻想だという話がある

 

もしそうなら

その幻想期間中

 

わたしという一人の何者かが
地球上で愉快に生きて生きて生きて
一生を遊ばせてみたい。

 

そして周りにいる人たちが
癒されたり
こんなに自由でも生きていけるのか〜
なんて思ってくれたり
何よりも笑顔でいてくれたら嬉しいな。

 

 

今ひとつのプロジェクトが動き始めていて

ライオンズゲート中に
大きなご褒美をもらった気がする。

愛しかないよ。

 

またここで報告させてください^^

 

★ライオンズゲート、その先に【働き方の概念①】

 

みなさんはライオンズゲートというものをご存知ですか?

 

その日は8/8なので、
もう過ぎているから
知らなかった人は今このブログを読んで
「あ〜そうだったかも〜」
って共感する人もいるかもしれない。

 

▼説明下手なので参考のページ▼
https://amaterasu49.media/archives/10762

 

そういえばシェアメイトのリンシーも8/7あたりに
「夜中に涙がでてきて、理由は分からないの」
「昨晩はすごく感傷的になってたんだ」

って話してくれた。

 

その時はちょうど満月だったから
きっとそれだよ〜
なんて返答していたけれど、
もしかしたらライオンズゲートの影響も大きいかもしれないね。

 

それでそれで

今回は自身が把握するお金の概念について
夜中ビッチリ頭に浮かんできて

きっと朝になったら忘れてしまうだろうと
もくもく起き上がりメモしてみたんだけれど

だんだんと「仕事」の話題に傾いてしまったので
そのまま続けようと思います。

 

①仕事が「仕」時代

 

今まで働いてきて
「楽しい!」「やり甲斐あるなー」
なんて感じたことはほぼない人生を送ってきました。

 

人一倍人の顔色うかがったり
感じ取ってしまったり
深読みしてしまう

 

そんな私にとって今までしてきたアルバイトは
「苦しい」「悩む」
そのことの方が数倍多かった。

 

それは当たり前で
雇われるということは
決まりを守ることが前提だし
会社理念に忠実になることが第一。

 

そうなると
変にクソ真面目な私は

「しなくちゃいけない」
「守らなくちゃ」
「怒られないように」
「一生懸命やる」

 

これらが基本になって
「従うこと」に必死になってしまう

 

力を抜くことなんて知らないので
視野広く大きな森は見えず
目の前の木しか見れない性質。

 

ただ一生懸命にやってると
返事だけは大きいし(笑)せっせと動くから
「出来る子」
って見られがちだけど

 

先読みしすぎてヘマしたり
変に人の表情や言葉を気にして
フライングして早とちり。

 

そんな感じで当たり前のように
そして不器用に「仕事」をしてきました。

 

今振り返ってみても

あ〜本当に合っていなかったんだね(笑)
そうだよね、いつも悩んで母に相談していたよね。
細かいこと気にしすぎて翌日の心配したりね。
そんなのしょっちゅうだったよね。
バイト仲間と「イエーーーイ!」なんて遊びや飲みに行くことなんて
ほぼなかったよね。
あんなに飲食店で働いていたのにね。
居酒屋、カフェ、喫茶店、コンパニオン、派遣等々
ありとあらゆるしたアルバイト歴。
でも仲間と働けて楽しい〜!
なんてできる心の余裕もなかったよね。
でも必死にがんばっていたんだね。すごいね。

 

と今のわたしが思う。

 

そんなのが当たり前だった私だけど

 

今では職業「じぶん」を生きてると最近思った。

 

職業じぶんは
企業や会社などに属さず
基本自分一人で活動して
生計を立てていること。
チェンジしているっていうことは
それまでにじゃあ何があったの?
ということになるけれど

 

端的に言うと

世界の出来事で「死」を本格的に意識した瞬間からだろうか。
そこから私にとって「生きる」という概念が変わってきたのかもしれない。(3.11です)

 

 

 

▼2⃣につづく▼

★ライオンズゲート、その先に【働き方の概念②】

★素直体質

 

 

花は咲く

 

うつくしい!

 

美しい!!!

 

 

ただそれだけ🌻

 

それだけで美しい。
それだけが美しい。

 

 

太陽がでれば
歓んで上を向くし

 

日が沈んでから
元気になる花もある。

 

 

素直でよろしい。

 

 

人間は
本当の気持ちはそっちじゃないのに
反対のコトを言ってみたり

する。

 

それはそれで
人間という性質として面白いけれど

 

素敵なものや人や景色をみて
素直に

「すてきね!!」

と言える人は
明快で美しいと感じる。

 

 

おはよう☀
今日とゆう1日に
何の予定もないけれどワクワクしてる。

★パリでバスキング【感じる、想う、色々】

 

パリで2回目のパフォーマンス。

 

 

すごく反応が良くて、
トータル40分くらいのパフォーマンスを
ある人はビルの最上階から
ある人はお散歩の途中で
ある人は最初から最後までを
色々な人が観てくれた。

 

パフォーマンスが終わると
「君の動きはこれだねBUTOH(舞踏)!」
と舞踏の記事を見せてきてくれたり、

「田中泯って知ってる?それを憶い出したよ。」
って言われたり、

「草間弥生(なぜだ。笑)だね。これはコンテンポラリーアートなの?」
と興味を持ってくれたり、

 

色々な国の人たちが声をかけてきてくれる。

 

 

アフリカ系の人は
その場で拍手してピュ〜〜っと口笛を鳴らし
声援をくれる人が多くて

 

フランス系の人は
「うんうん。とても良かった。感動したよ。」
としみじみ伝えてくれる年配者多し。

 

中華系インド系の人は
ファッショナブルな若者がやってきて
「これはどういう意味だったの?なんで泣いていたの?」
と意図を問う質問をする人が結構いた。

 

コンテンポラリーアートに興味のある
若い女性からも結構多く声をかけられた。

あっあとカメラマンも面白がって撮ってた。

 

 

わたしが行うパフォーマンス

それらが果たして踊りとよべるのか
奇抜な変態のストレス発散なのか
演劇的なものに見えるのか

実際のところ
自分でも何なのか分からない。

 

それでも
私の命燃焼中の身体を観て
面白がってくれたり
自分の何かとリンクさせて涙してくれたり
深く考えて解釈に努めてくれたり
そうやって

心で「何か」を感じてくれていること

 

その様子を直で味わえることが
とっても嬉しい。

 

「観てくれる人がいる」

これって本当に有難いことだよなあ

って思う。

 

それだけで十分に
満足を感じられます。

 

ありがとう。

 

今日もありがとう!!!!

 
本当にそう感じる瞬間と
思い出と
過去と
その瞬間と
たった今

です。

★本当のシャンゼリゼ

 

 

去年の夏路上で熱唱してた「シャンゼリゼ」

そのとき観客でいたフランス人の人から

「これはパリの歌なんだぜ」

って教えてもらい初めて知った。

 

 

そして今回

本物!!!!

1年後の今シャンゼリゼ通りを初めて歩いてる

 

ここは東京の原宿と似ている!

大きめの原宿!

 

きっと同じように感じてる人は多く居ると思うけど

色んな国の人が混合していて

それが当たり前で

それ故新しいカルチャーがポコポコ生まれたり

「違う」が当たり前にそれぞれにあるから

寛容な器であれたり

それぞれが自分であることに謙虚にならず

自分らしく歩いているんだろうな〜

と感じた。

 

 

凱旋門にエッフェル塔

Palais de Tokyo

東洋美術館

シャンゼリゼ通り

 

今日はパリに来て初めて観光っぽいことをしたかも。

 

 

建物も空間も大きくて

偉大です。

 

 

シャンゼリゼ通りのように

いつでも周りに人がいるってことは

きっとそれなりに魅力があるからなんだと思う。

それがゴチャゴチャしてても汚くてもなんでも。

 

人間も少し同じところがあるよね。

 

 

パリ生活も残り数日になりました。

★パリでバスキング

 

 

ひとつ意識していることは

「この足でパリの地面をしっかりと踏みしめてやろう」

とゆう希望と意志。

 

 

それがコンクリートでも
汚れた道の上でも
どこでも何でも

そう心持ちに自然となる。

 

 

その時流れている空気と

身体を解放していると肌に伝わってくる

熱さや涼しさ

小さな刺激や様々な音
そうゆう私の周りを取り繕う全てのものを

全身で感じながらその時間を生きる。

 
だから、
パフォーマンスの最中は

いつもより

耳を澄ます
目を見開く
背中を広く保つ

 

それらの行為は全て
自分自身に問いていて
自分と会話をしている状態で
自分のたった「今」と向き合っている

 

人前である限り
時に人目を気にかけながら私はその時を生きるけれど

どんな自分であれ
集中をしていれば

どれもこれも
全てはわたし。

 

 

バスキング
ここでやれて良かった。

 

ダイレクトに伝わることが無限にある。

 

それはなんの言い訳もなく
真っすぐになれる最高の状態

 

 

たくさんの素晴らしい景色を見せてもらいました。
本当に素晴らしかったです。

 

 

堂々と自分を生きていきます。

★ミヤケノリコの世界

 

パリに来てからの一週間。

私はパリと日本を拠点に活動してるアーティスト三宅典子さんと一緒にいた。

彼女がパリのアトリエに滞在してると聞いて

ちょうどタイミングが合い会いにいくことを決意!

宿など探そうと連絡やり取りしていたら

「泊まるところ心配しなくて大丈夫だよ。ご飯もわたしがパスタ作るよ!」

ってパリに向かう前から本当に心強い言葉をもらってた。

わたしはそのやりとりだけでもう胸がいっぱいになってて

行くべき道筋が岡山で過ごしてたあの頃からあったんだろうなー

なんて思ってた。

あの頃とはこの頃!

 

ノリコさんが滞在していたのは世界的英才的異彩たっぷりなアーティストが集う59rivoliとゆう巨大アトリエ。

ノリコパワーも炸裂してました。

 

各国の人から愛されるノリコ作品。

ジェンダーレスをテーマの一つにおいていて

それをカラフルにクレイジーにコケテッシュに

そしてなりよりも可愛い!!!!!

って感じる作品が勢ぞろい。

 

これを全部手作業でほぼ一人でやりきるから

本当に情熱と好きがないとできないよなあ〜

と心底実感します。

 

ノリコさんもパリ滞在ラスト一週間のときに合流したので

いつも多忙にしているノリコさんを隣りで見ていたけれど

他人の要望や希望を受け入れて快く「YES」をしている

全ての時間を「創造」と「楽しむ」に費やしてる

そんなノリコさん素敵だった。

 

パリの前半を彼女とその周りの愉快で最高な仲間たちと過ごせたこと

とーーーーーーっても幸せ。

ノリコさん本当にお疲れさまでした!!!

BONNE CHANCE!