きらい

 

男性の腰パン姿がイヤ

 

深夜0時以降の拘束がイヤ

 

攻撃的な態度をとる人がイヤ

 

朝食を食べろと強制されることがイヤ

 

肉を食べろと強要されることがイヤ

 

監視していないかのような態度でいて
実は監視されている状況がイヤ

 

 

 

苦手なものはあるけれど、
嫌いなものに焦点をあてたことが少なかったせいか
すごく考えないとでてこなかった

「きらい」とゆう言葉よりも
「好ましくない」の方が適切な感じ。

同じ意味のようで微妙なちがいだよ。

 

受賞

 

今年9月にウォーキングの指導を依頼され

ポーズや歩き方などなどなど(ほぼわたしオリジナル)を

レッスンした時がありました。

 

数カ月後、連絡があり

その生徒さんがベストドレッサー賞を受賞とのこと!

わたしの指導が効いたというよりも

衣装を選んだ姉の腕がよかったのではないか・・・・?!

と誰もが感じると思います。

 

それでも、とーっても嬉しい出来事。

 

 

賞をとれるって

審査員の印象に残ったということは確かだから

すごく自信になるね。

 

自信っていいね。

下向き加減で、一歩一歩を小さく歩いていた2人が

「やる」という意志を持ってステージにあがる。

動機はどうであれ

”コンテストに出た” ”賞をいただいた”

という現実ができる

体験は宝だ。

 

それに携われたことを誇りに思います^^

よき経験をありがとう。

 

にしても可愛いなぁ。

カラダカンカク

 

空っぽはしあわせ

空っぽになると創造力がわきあがる

空っぽはここちよい

 

 

わたしがそれを感じるときは

ヨーガをしたあとと

身体を掌握したような気分になったとき

 

 

すかっとわたしを包む色が透明になっていく

景色や吸い込む空気でさえ

きらめいて新鮮なものになる

だからあきなく続けてしまう

 

自由におどることと、

ヨーガをすること。

創造を「物」にした時その価値をお金に変換する思考

ファッション雑誌を見ていて

3万円とかそれ以上の金額の洋服たちが載っていると

「高い・・・・買えない・・・・でもとってもカワイイ」

が頭の中に広がっているのが通常だった。

 

けど

自分の丹精込めて描き上げた絵を販売するとなった時

わたしは

「5千円・・・・。いや、1万かな。
ちがう。無理無理。こんな時間をかけて気持ちを込めて描いたものをそんな値段で売れない・・・」

「じゃあ、ざくっと上げて3万?!いーや。それでもこのわたしにとっての傑作を3万だなんて!じゃあ、無限大(∞)とゆうことで88888円にしようかな?! 」

 

 

結局

「売ることができない」

がわたしの初めて自分の作品に値段をつけることになった時の答えだった。(今は違うよ)

 

そう思うと

今までファッション雑誌を見ていて(10代の頃から装苑が好きでした)

高くて手が出ない・・・

と金額だけ目にして判断していた時期があったけれど、

その作品を作り上げるまでに至ったデザインや細やかに思考されたディテール、

そして完成されるまでに縫ったりミシンかけたり補整したりetc

(わたしは専門家じゃないから他にもいっろーーーんな行程があるのだと思います)

そんなこんなな作業内容や時間や信念を持ち洋服を作っていることを考えると

わたしが一概に「高い」と思っていたその洋服たちは

本当は相応な値段だなって思う。

 

「販売する」とゆうことは

いずれ自分の身から離れていくとゆうこと

誰かの手に渡り、その人とともに生活していくことになる。

 

なんでも好きなものであれば、愛着が沸いてくる。

それが我が身から離れていくのは寂しいこと。

自分が想いをこめて作ったものは、言って見れば我が子同然。

じゃあ離れていく事にそ抵抗があったり嫌だと思うなら、

手元から話す必要なんてないし、ずっと側に置いていけばいい。

 

「お金に変換する必要があるのか?!」

究極それに行き着いてしまう。。。

これは作家さんや芸術家?さんで本気で大好きを仕事にしている人だったら頭によぎった事があるかもしれないね。

純粋の純粋に

「多くの人に手に取って現物を感じてもらいたい」があるのなら、

販売なんかせずにあげればいい。

だけど生活をしていく為にお金が必要な場面があって

だから自分の作品をお金と引き換えにする。

そうしてそれを好きな人が手に取り、わたしもお金をもらって、生活が安定したりする。

だからお金をとっていいんだ。

自分の中でOKがでていたらね。

 

それを自分が生み出した作品のお金に換算した場合の価値にしていいんだ。

それでいいんだ。

わたしもしたいことが色々とあって、

それは自給自足の生活では補えない事で

お金とゆうものが必要になるから

わたしの無我夢中になれることや好きと思えることの継続が

いい経済状態を生み

それが未来への肥やしの一部となり

豊かになっていく心とともに制作を続けていきたい。

 

その方がHAPPYだからね。

 

たまに浪費家だったり(ないのに!笑)、お金に無頓着になってしまうこともあり注意されるけれど

今回は

「値段を決める」=「私の価値をつける」

ことのわたしにとってのお金に対しての訓練だったと思う。

 

もうすぐわたしの子どもたちが出来上がってくる。

続々と。

またこちらやSNSでご報告させていただきます☆

 

中心を生きると

 

ヨーガはいつでもわたしを真ん中に戻してくれる。

今を生きることをサポートしてくれる。

ああ〜〜しあわせ!!!

どんな悩みが芽生えても、

ヨーガをする時間だけはそんなものがすっ飛んで薄れていく。

自分のどんよ〜りした世界に固着しすぎていたな

って気づかせてくれる。

 

偏っていた狭い世界の中から

パラダイムシフト

世界はわたしが創っているとゆうことに気づく。

 

気づきは風のように一瞬で過ぎ去ってしまうけど

気づきは偉大だ。

 

だからどんな日々でも

ちゃんと

「がんばったね」「よかったね」

って自分をほめてあげる。

 

だって自分の行いに悪意がなにひとつないんだもん。

わたしは

おっちょこちょいだし、テンポ早かったり遅かったり極端

けど、そんな自分に落ち込まない。

面白がってとことん楽しんでしまえ!

ってくらい余裕をもってわたしを遠くから見つめられるようになったら上等。

 

今いきる日々が心地よいです。

木々の微動もかわいいし、おひさまも温かくてしあわせ。

空だって本当に豊かなんだ。

この幸せは永遠で、それに気づけて

共有できる仲間たちと出会えた事を

永遠に祝福していきたいです。

 

 

 

 

すき

日だまりが好き

太陽が好き

月のあかりが大好き

「2人だけのヒミツ」が好き

自分の意見をしっかりと話せる女性が好き

頼りがいのある人が好き

光を浴びて心がふわぁ〜となっていく感覚が好き

両膝を立てて仰向けになって
深く息を吐いて超リラックスしている状態が好き

自家焙煎した珈琲の味が好き

畑で仰向けになって太陽の光を浴びることが好き

自分の描いた絵を眺めるのが好き

誰かが一生懸命話しているのを「うんうん」って笑って聞いているその空気が好き

自分の肌の透明感が好き

赤ちゃんが無条件に好き

赤と紫が交じったような色に光がところどころ灯っている
永遠の浮遊感を感じられるデコレーションが好き

ピアノの音が入って軽快なんだけど
時々ドラマを感じさせるような音楽が好き

前髪を切られている瞬間が極上に好き

お花を摘んで花束をつくるのが好き

誰かを想って手紙を書くのが好き

誰かの為に絵を描く事が好き

ヨーガの練習を夢中になってしている状況が好き

ヨーガを伝えている時間が大好き

マントラを平和な心で唱えられているという事実がいつでも歓び

ゴリラの出で立ちが好き

早朝の自分のマインドが好き

大好きな人と手を繋いでる瞬間がたまらなく好き

相性のいい音にであって自然と身体が動くのが好き

フォークとナイフを使って食事をするのが好き

地球儀を見て距離感を確かめるのが好き

過去の思い出が好き

自分のペースで歩いたり走ったりすることが好き

水色が多い空が好き

午後3時くらいの雰囲気が好き

カンパーニュをオリーブオイルと塩で食べることが好き

頬を樹木の幹にあてて冷たさを感じる事が好き

 

大好きな人たちと笑って過ごす時間が愛おしい

赤ん坊に触れておしゃべりしている時間が愛おしい

この身に起こる事全てが幸せのかたまり

愛おしい、尊い、

って感じるすべてのことは無条件に感じる「好き」からできてると思う

いつでも新鮮な愛おしさを感じたいから

わたしは旅をしているのかもしれない

 

好きであふれてる。

オリジナルヨガレッスン

おはようございます!

10月いっぱいの関東生活。
カスタムメイドヨガレッスンに没頭しました。
一対一でするヨガレッスンのことです。
有難い事に自宅を少し片付ければ、
少人数でヨーガレッスンができる環境ができます。

私は、人数がいてそれぞれがヨガ没頭している姿も好きだけれど
(その空気を皆で味わう形だから、意識は各々のカラダに向いている状態だけど、自然と一体感でいい波動に包まれてる✨これ大好き・・・特に瞑想時間とか)
今回は、一対一で行うレッスンに有意義な心のゆとりを感じていました。

「カスタムメイドヨガレッスン」と呼んでいます。

意味はそのまんまなのですが、
私がしているのは、生徒さんの不調や気になるところ、その日の体調、気分などをお話して、
それに合わせて相応しいポーズを練習したり、
そのポーズに必要な筋肉を意識的に使う練習をしてみたり・・・
生徒さんが自分のカラダに真剣に向き合える環境を、
レッスンを通じてカスタムしていきます。
必要な場合は呼吸を一緒に整えて、
ポジティブに今に集中できる状態に導いていきます。
(とにもかくにも固まりきんきんの人にはまず緩めるワークをする)

一緒にやるってすごいです。

生徒さんからは
自分のカラダを近くでサポートしてくれている安心感、
丁寧に身体を動かし自分のカラダと向き合っている姿、
私はこれらを一番近くで感じてきました。

生徒さんの状態を一番近くで感じられるこの仕事は、
本当に財産だと思っています。
それにより、誘導している私自身も心から信頼をして
相手と一緒に貴重な時間を過ごせます。
本当にすべてが原動力です。

その時間に緊張は一切入りません。
あってもすぐに解けていきます。

 

 

今回していたカスタムメイドレッスン、
決して広くはない部屋の中で
様々な奇跡が生まれていたように思います。

プライベートレッスンという言葉はよく聞くし、
そこではそれぞれの信頼関係が成り立っている。
それが成果に結びついたり、
身体の変化を感じられると心もポジティブになっていくよね。
(実際にどんな風に行っているのかはっきりと知らないのだけれど)

人のカラダをじっくりと見て指示をする。
相手は自分に頼る。信じる。

頼る。信じる。
これらをされるって、ものすごい責任があると思いませんか?

責任感は私自身を育て、
ヨガを実践していたおかげで、中庸を保ちながら
レッスンメニューを考え、(これめっちゃワクワクする作業♡)
レッスン時間を過ごせました。

すごく前向きにすがすがしい想いで、
わたしは今回レッスンを受けてくれた彼女たちと向き合えたような気がします。

出来るなら、今後も定期的に彼女たちのカラダを見ていきたい。
し、彼女たちも同じ気持ちだと毎回お告げが・・・(嬉しくって鼻血がでそうだった)
意地悪なことに私の関東生活は今月まで。
まさか関東でこんな展開になるとは思わずで、恩恵を受けすぎてる〜😢
としみじみと感じたのでした。

でもまた戻ってくるから、
その時にもしまた私のレッスンを必要としてくれていたら
そのとき精一杯の状態で、
それぞれの身体とスピリットと向き合っていきたいと思います。

 

* * * * * * *

わたしたちは

オリジナルのカラダを授かったということに気づこう。

唯一無二のこのカラダ。

個性があって当たり前の。

わたしにしかないこのカラダ、この感覚。

他の誰とも比べる必要がなく、

自分の肉体はこの世でたったひとつでオリジナルなんだということに気づこう。

すると、今まで肉体にフォーカスしていた意識が

いずれカラダは無限だということに気づいて

様々な葛藤や心のコリも自然とほぐれていくから。

そうしたら、

誰がサポーターとか、ヨガインストラクターという枠組みも必要なくなるのかもしれないね。

でも、その最高快適ボディ状態に気づかせるお手伝いをするのが

わたしたちヨガを伝える者なのかもしれない。

生きた心地を伝えられたら

それはプロだな。

 

深入りはしないけれど

初めて継続ができてることなんだ。

わたしはいつまでも向き合って

内側の世界を自由に、外側でも自由に、

オリジナルの愛を伝えて

それに共鳴してくれる人たちと生きていきたいです。

夏の激しい仕事

 

今年の夏アートモデルの依頼を受け、120分延々と踊り続けるといった

パフォーマンスでもなく、ジッとしている絵画モデルでもない魅力的な仕事をした。

その時に集まった人たちは才能の宝。

それぞれの感性を爆発させての120分は、本当に魂が生きていたのを感じた。

感じれば、その空気を全身で掴んで私の魂が踊り出す。

そのまんまの私で、あるがまま。

泣いたし爆笑したし椅子背負ったり歌うたったり悲しさ演じてみたり

 

参加者の中には、以前路上パフォーマンス公演をしたときに偶然通りがかり、

わたしのパフォーマンスを見て感動して涙しました、という人も来ていた。

今回のクロッキー会のモデルが私だとは知らず、

イベントにたまたま参加して、奇跡の再会をしたのです!うれしいなぁ

 

そんな素敵な日から数カ月経った先日
主催者のさんからポストカードをいただいた!

 

これ、わたしだって!

とっても嬉しい。

どれも表出しにバンバンできちゃうくらいの、素敵な私がそこには描かれていた。

いつもは一人で活動する事が多いけれど、違うジャンルの大勢の人とコラボするって、客観的に肉体という私という物を把握できる。

言葉じゃなくて、絵で表現してくれるという

そんな見事な機会だった。

 

描かれた私自身の絵は宝物だし、共有した時間で感じた感情全ては幸せのご褒美だったなぁ〜って改めて思いました

描かれることがとても大好きになった!

ありがとう

不定期なリズム

 

生理前は、

強くなったり、弱くなったりする。

重たくなったり、眠たくなったり、階段上がるのがきつかったり、

少し乱暴なじぶんになっちゃったり、

思考が⇩の方向になっちゃったり、

それらのバイオリズムは全然わかりにくく

人間のわたしは把握しづらかったりする

心地よいリズム感ではない

 

 

けど、

わたしは根源の部分に還っていける方法を知った

それはとても簡単なこと

すると、

いろんな事柄を愛しいと思えた

そんな心があることを幸せに思った

同時に

女性であることも嬉しく感じた

そんな今日だった

 

弱い!!!!

 

視力の弱いわたしは!!!!
(何かの気配とかが感じやすくて楽しいよ♡)
聴力も弱!!!!!!
(これは仕事中に障害がでるほどである。
だから必然的に自分のできること、自分にしか出来ない事が限られる♡)

 

脳力もたまーに思考の回線経路が人の半分くらいしかないのではないかと疑っちゃうくらい!!!!
(理解力に乏しいから自分にとって重要だと思うものへのセンサーが強くなり、それだけに忠実になろうとするエネルギーが働くようになった)
弱いを理解すると、その反対があることにも気づく!

弱いを理解すると、世界がとっても楽しい!!

 

弱いってゆう字は「己」+「羽」でできていると気づいた!

 

「己」に「羽」が生えてるなんて

もう浮くしかないよね!!!!!!

羽ばたくしかないよね!!!!!!♡♡♡

とことん浮いて、お空の上の上のさらにうえ〜に浮かべちゃったら

いろんな物事、現象が、小さく儚くつぶつぶの砂みたいな欠片で

ついに、わたしはわたしでなくなる・・・・

が、そのまんま物理的に体感できちゃうのだろうな

ガンジス川を渡るか否か・・・みたいな。

 

そんな感じでおやすみなさい^^