海は大地、あなたは母の腹の中

 

 

海や森の中にいるとき
ただただ気持ちよくて
体が水や土に溶けていく感覚
自分と認識していた肉体の輪郭が
細く、うすく、なくなって
周りにある空間と呼吸しているような
そんな感覚をあじわう
わたしは、
わたしが、
これはわたしのもの、
これはあなたのもの、
ここまでが自分のもので、
それは善いことだ、
こうするのは良くない、
とかとか、
もうそんな線引きすらどうでもよくって
完全なる安心感に包まれてる状態

これは
お母さんのお腹にいたとき

 

に非常によく似ている。
そんな人間のわたしが
30年生きてる今でも思い出すときがある
胎盤の中で眠っていたときの
わたしが、あなたが、
なんて認識がなかったときの

 

絶対的な安心感

 

そんな何十年も昔のこと?
思い出せるわけがない?

 

たったひとつの深い呼吸の連続で

それはそれは温かい

まるで胎盤に包まれていた時のような

優しさ溢れた感覚を思い出せるよ

創ろうとする必要なんてなくて

自然と憶い出してくよ

 

神秘溢れる自然の中にいることで

必然的に覚醒する意識たち

体中から滲み出るヨロコビの粒子たちを

とことん溢れ出して

世界へ愛を繋いでいこう。

 
たったひとつの深い呼吸の連続で、

 

ふとその感覚を思い出したら
還る道を歩んでる合図
後戻りしてるとゆうわけではないよ
ただ思い出して
ホッ とするだけ。

 

母の腹はすごいなー
宇宙だなー
わたしたちも
そんな宇宙の中だよ。

ストレスフリーの継続は最高のよろこびなり。

 

チェンマイに来てから一ヶ月経ちます。

なんの計画なしに不思議とはじまった早朝オンラインヨガレッスン。

自分ではビックリなことで

一度も休むことなく毎日レッスン動画を撮っています。

朝の6:30に(笑)

一応こんなわたしのレッスンでも

「見たい!受けたい!」

と言ってくれる人たちがいるので

その人たちの為だけを考えて❤

タイ時間6:30スタート。

日本時間だと8:30になります。

 

https://www.instagram.com/oshidayuki/

↑アカウントはこれだよ。

 

 

ただ、

多くのインスタグラマーが投稿してるお洒落感は1mmもありません。

レッスン中に感じたことがあれば呼吸中でも言葉を発してしまったり

立ちポーズの時は肩より上が切れてるし

座位の詳細が分からないカメラワークだったり

シャヴァアーサナ中にクネクネしたり

小話挟んでみたり

しまいには画質がとっても荒い!

ほんまにどうしようもない(と自分では感じている)

 

けれど一切制限をかけずに行うこのレッスンが

とってもナチュラルで心地よいのです。

 

最後の瞑想中はほんまにそのとき降りてきた言葉を

支離滅裂ながら並べて言う

思考することなく、私がその瞬間に浮かんだことを言葉にする

とめない、

抑えない、

思考しすぎない、

に忠実に瞑想誘導はしています。

 

自分の内側と向き合う時間を作ることで

しっかりと向き合い

その方法として瞑想はとても有益だと感じているので

取り組んだ人がいかに瞑想を深く行えるか

とか考えながら一緒に静の時間を過ごし

 

時にビジュアライズ

時にサイレント

時に自問自答タイム

など瞑想を楽しんでいます。

 

きっと特別なトラブルがない限り続いて行くだろうオンラインヨガレッスン。

もしご都合合えばぜひご参加してみてくださいませね☺

室内ですることが多いから異国感は感じづらいかもしれないけど

私が他国で感じた空気感とともに

何かしらをシェアできたら幸いです。

 

https://www.instagram.com/oshidayuki/

↑アカウントはこれだよ。

床を磨く少年から学ぶこと

 

今わたしが住んでいるアパートは家族経営なんだけど

毎朝早朝から従業員のひとたちがやってきて

掃除やら洗濯やらいろいろと作業する。

オートロックの家だけど、警備もしてくれていて、

私は帰宅が遅く夜22時過ぎ頃帰っても

いつもアパート入り口の椅子に青年が腰掛けていて

多分朝までそこにいてる。

(よく居眠りしてるけど)

(最初は若すぎて遊び疲れた住人かと思ったけど)

 

お掃除は基本パートのおばさんがやってきて全てのフロアしている。

その中で時々若い男の子が掃除をしてるときもあって

つい先日気づいたんだけれど

彼は4階まである全てのフロアを

バケツと雑巾のみで手で拭いていた。

 

 

こうゆうのとか

こうゆうの!!!!!

 

全く使っていない!!!!!

 

もちろんタイには掃除用具が日本と同じくらい何でも揃っているし

そこのアパートにも掃除用具は充実している。

けれど彼は床を手で雑巾を使い拭く。拭く。拭く。

このアパートも1フロア8個くらい部屋があるから

狭いわけじゃない。。。

 

 

なんて健気なんだろう、と

当たり前のように掃除をこなすその少年の姿に

一瞬で心奪われてしまって

こうしてブログをしたためた次第です。

 

効率の良さを最優先して

様々な便利グッズが繁栄していく現代を生きる中で

なんだかこうしてオール手作業で掃除をしている姿って

なかなか見ることがない。

自分の家くらいのスペースなら雑巾がけする気力も体力も全然あるけど

今回については掃除範囲の規模が違う。

 

少年のオール手作業掃除から学んだことは

手作業で手間ヒマ時間をかけてキレイにいく作業って

たぶんその作業をしていく中で

自分なりの美学やこだわりがでてくると思う

いろんな気づき、発見。

それらは別に誰に公表することなく

ただただ彼の中でのモチベーションになる。

より「微細」なものへ意識が運べるようになると

そこでの小さな発見って、

「粗大」な事柄に多く目を向けている日常ではなかなか気づけない大切なことが見えてくるような気がする。

ぐっと自分自身の心のうるおい度・充実度があがるような大切なこと。

それはまさに微細な部分へ意識を運ぶことで感じられる。

 

 

気が散ってしまったり

イラっとしてしまったり

焦りがでてきたときには

「あ、今外に気が向いてしまっているな」って確認し

是非目を瞑って大きく深呼吸を1度でも2度でもしてみてほしい

体中にひろがる微細な感覚へ意識を運べたとき

少しホッと落ち着けて

何かに大切なことに気づけるから。

 

多くの選択肢の中で

 

普段は意識してないけれど

知らない町を歩いていたり

初めて出逢う景色を見ながらぼーっとしたり

初めて会う土地で

初めて会う人たちの暮らしに触れたり

色々していると

ものすごーーーい

人と情報と生活スタイルと生きている環境とがあるこの世の中で

それぞれの選択をしているのは

何の紛れもなく「じぶん」なんだよなあ〜・・

と感じる。

 

まじまじと実感することは

普段の生活をルーティンで過ごす状況だとなかなか少ないかもしれないけれど

情報がおおすぎて、

人も多すぎて、

食べ物も多すぎて、

 

思えば豊か

思えば貧しさ

の中で普通に暮らしていると

気づかぬこともいっぱいだけど

 

「選択」は

いつでもどこでもこの瞬間にもしている

最短身近な行為なのだと感じる

 

 

意識しないで偶然か必然かでその土地で生まれて

当たり前に生活を続けて

当たり前のように様々な人と出会って

自然と今の流れに身を置いている人なんて

数多くいると思うけれど

 

当たり前にしている選択の連続の連続で

「今」があるのなら

その中で出逢う人たちは

本当に「かけがえがない大切なもの」

っていう最強のネームバリューが付いちゃう。

 

 

縁って深い。

最近自分が住んでるアパートの裏側を散歩したら

今まで知らなかった

自分の大好きな田舎くさ〜いローカルな風景が広がっていて

 

私の知らないことなんて何万も何億も

数にならないほど沢山あって

 

それでもそこでの生活がただただあって

知らずに今の環境で生きているそれぞれがいる

何と比較することなく今の環境を選んでいる自分もいる。

 

死ぬまでに見ない景色なんて

本当に何十万何百万何億と

数とかいう概念を超えていっぱいあるんだろうけれど

 

その中で

今をここで生きていることを選択している自分がいる

 

そう思うと

今まで出逢ってきた誰かは

今まで出逢ってきた心の感動は

今でも深く繋がっているあの人とは

今まで愛し合った人たちは

何が何でどうであろうと

 

本当に深い縁で繋がりをもった人たちなのだろうと感じた。

 

一生のうちに見ないかもしれない

なんてことない景色をみて

わたしはその不思議さと感慨深さを体験する

 

 

こんなことを感じたりする日々の瞬間

海がひとつでよかった

 

海がひとつでよかった

空がひとつでよかった

太陽がひとつでよかった

月がひとつでよかった

 

あなたがたったひとりの存在でよかった

 

物理的な距離があっても

たったひとつの大きな存在が近くにあるとゆうだけで

同じものをどこか遠い場所でも感じていて

そうしたら肉体がなくたって

「感じてる」

ことが最高の至福ではないか

 

だからどこにいても何をしていても

今全身で感じられる地球からの大きな産物

自然や、

人間、

その他様々な大いなる存在、

心から感謝をしてしまう

 

物質じゃなくてもたくさんの音やにおいが巡っている

 

だってすごおく心地が良い

 

 

本当に「繋がる」を体感できる

ひとつの存在は

どんなに大きな幸せをもたらしてくれているのだろう

 

 

だからわたしは、

わたしをこの地まで運んでくれた

その時の風の流れや太陽のパワーに心から感謝してる

 

そして今日も

夜になったら月のひかりが

たったひとつの存在が

わたしに最高の幸せを感じさせてくれる!

 

 

「ひとつ」を感じられるこれらすべての存在

もうすべてはそのまんまで成り立っていて

なんてベストに出来上がっているんだろうと思う

 

 

そんな惑星の上で

わたしは何を考えて

何をする?

時間とゆう最大で最高級のプレゼントを与えてもらい

なにをする?

誰と過ごす?

 

自分が創っていいのだと

今こそきっと

自由な創造で生きてよいのだと

愛を愛でて愛で生きて愛だと知る

そのタイミングは

今これを読んだもう今でしょう

 

さて!

コツコツコツと進んで行く

自分の身と魂をのせてゆく

歌うように

おどるように

わたしのリズムで生きていく

 

 

日々のこと

 

今わたしはおばあちゃんと一緒に暮らしている。

 

 

おばあちゃんがかわいい

おばあちゃんがかわいい

おばあちゃんがかわいい

 

 

おばあちゃんが可愛すぎる。

自分の部屋でちょこんと座ってテレビを見てる姿

起床してまず仏壇のじいちゃんに

「おじいさんおはよう。今日もよろしくね。」

と声をかけてる姿

庭のメダカを観察している様子

大事に育ててるお花が咲いたと歓んで報告してくれるときや

デイサービスでのことを楽しそうに話してくれる感じ

まるーくなった背中で一生懸命ラジオ体操の歌を斉唱して

体操に励んでいる様子

 

 

慌てふためいてるときも

笑ってる時も

困っているときも

何にもしてない時でも

全部可愛い。

 

わたしのおばあちゃん89才

 

大好きなおばあちゃん

 

わたしのたからもの。

日々のこと

 

「再会を楽しみにしています。」

 

大人になってから何十回伝えてきただろう。

手紙や直接に言葉で。

様々な土地で出逢い、深く繋がって、いい時間を共有した人たち

ご縁があれば数年後再会することもある。

 

わたしが移住すれば会いに来てくれることもあるし

大好きになっちゃったら会いに行ったり。

 

数年スパンでも再会することになる人は

きっと何かしらで縁があるんやろな〜と思う。

 

今日もその素敵なご縁繋がりで

7年前に伊勢で出会った人と再会。

 

話す、食べる、聞く、居る、

笑う、沈黙する、

「過ごす」をするその全ての空気がやさしい。

 

久しぶりでもフラットな雰囲気の彼にすごく安堵感を持った。

彼とは伊勢で彼の旅の途中で出逢ったけれど

行ったことのない県はあと秋田だけなんだって〜

いつも忙しそうにしてるけど

ちゃんと良い旅をしてて

自分の優先順位をしっかり把握してる。

そんな生活の中でわたしと会うことを優先してくれた今日は

とても幸せで嬉しかった。

 

今日もまた宝物が増えた。

 

日々のこと

 

全国に沢山のオカンがいるという記事を以前書いたけれど(⇒http://oshidayuki.com/dialy/2019/01/10/全国のお母さん/ 参照)

全国にわたしのオトンもいっぱいいるようだ。(変な意味じゃないよ)

 

今までの私は親と接してきた影響や

その他特定の世代の男性との関わりの中で

私の父親世代(昭和30年〜40年生まれくらい)は

社会的に評価されるものが良いもの

テレビや新聞、雑誌の情報は正しい

など、物の見方がガチガチに固まって頑固。

昔の日本兵みたい。

とゆう見解を抱いていた。

なんて狭い視野だったのだろうと思う。(その世代の方ごめんなさい)

 

だけど大きく違っていたな〜とここ数年で身を持って実感するようになった。

 

全国各地で出逢う父さん世代の男性たちは

大きな愛を持って私という人間を受け入れてくれて

ムスメのように温かい心で接してくれる。

支援をしてくれたり、

しつこいくらいに(笑)正面から意見を伝えてくれたり、

面倒を見てくれたり、

そんな全国にいるオトン的存在。

 

 

今日ヨガレッスン後のロッカールームで着替え中

服が後ろで詰まってジタバタ着るのに苦戦していたら(小学生みたい)

知らない女性が後ろから詰まりを直してくれて服を着させてくれた。

まるでその親切心と世話焼き具合が母親のようで

「ああ〜わたしのオカンまた増えた・・・」

と細やかに幸せを感じた。

とゆうことがあって最初のオトンの話に繋がりました。

 

 

全国のオカンとオトンに愛を込めて・・・

恩返しできるようにがんばるから温かく見守っていてください!

よろしくお願い致します。

 

 

 

日々のこと

 

今日は婦人科へ検査をしに行った。

本当は家の近くにいくつかのクリニックがあったけれど

なんだかあんまり好ましい雰囲気じゃなかったから

ここならいいかも・・!と思えるところを探して少し離れたクリニックにかかった。

母に伝えたら、どうやら何も知らずに選んだその場所は亡くなった兄の生まれた病院だったらしい。

なんて偶然。

 

待合室で窓の外の新緑を眺めながら

「ここで兄ちゃんが生まれたのかあ」(←出産直後兄の様態が危なくて違う病院に緊急搬送された為死んだのは別の病院)

なんてボヤ〜と思っていたら涙がポロリ・・・・

 

お産する場所なんて数えきれないほどのドラマがあるんだろうな。

日々の生活に出さえドラマチックなことがいっぱいに広がっているのに

命を間近で体験するその場所には

ものすんごい「生きる」を実感する瞬間が濃密に詰め込まれているんだと思う。

 

 

今回は簡易の検査だったけど

結果異常もなかったのでバリバリ元気に出国できそうです。

 

最近やたらと涙腺が弱い。

年をとったらドライアイになるというけれど

それはウソのようだ。

 

伝え合うこと、想い、その先

 

不思議な体験をした。

 

 

 

とても美しいものだった。

すごく温かいものに包み込まれて

人間してるなぁ〜って思った。

その包まれた空間には

悲しさややるせなさ、

守りたいとゆう気持ち、

もしかしたら他の気持ちも入ってるかも。

私自身じゃないから深層の真相は分からない。

 

でも

大切なんだよって言葉以外の表現だったことに間違いはない。

 

 

ここ数日間でした85㌢断髪や

新月の浄化と排出力

きっとそのパワーも上手いタイミングで重なったんだと思う。

 

 

全てはオールオッケー