仕事というもの

今朝ヨガの生徒さんからとどいた

ヨガのレッスンでは、じぶんが

・すき
・たのしい
・しあわせ
って心が満たされている瞬間(もっとふさわしい言葉がありそう)がたくさんある
で、それをしている
それらを共有する為に、少しでもお伝えする為に、それをしているだけ
効果を感じるのは、早い人もいれば、時間がかかる人もいる
それでいいと思う
私はうえの3つをして、ただ感じているだけで、お金をいただいている
それってなんて贅沢なことなんだろう
そういう瞬間をふやしていくことが、
もしかしたら「ワガママ・自分勝手」と思う人も中にはいるかもしれない
でも本当にそうかな?
ヨガの生徒さんから今朝おくられてきたこの絵は
今日わたしの宝物になった
きっとこの方はもともとこういう性質をもっていたと思うけれど
ヨガを
自分のしたほんのささいなこと
ずっと恩に感じてくれている
OMという言葉、昨日たくさんいった
おとといはたくさん書いた
こんなにも忠実になることで、こんなにも幸せを感じて
傘については、
わたしはしらない
もしかしたらみんなで所有しているものかもしれない
だれの土地?とか
だれのもの?
これはわたしのもの
とか、
この世界には、
そんな概念ないのかもしれない
だって、あの山をみて「ああ、キレイだな」
そう思える気持がそこにあるだけで十分だ
そこに目に見えるものや、
安心感や安堵感や安全は、目でみるものじゃない
目に見えなくても、このカラダでめいっぱい感じられるものだ
そんなのを感じられるわたしでいよう
わたしでいられるということは、あなたの幸せに繋がっているということ
もし自分の中に強いこだわりがあって
それが少し窮屈に感じていることに気づいたら
そっと さようなら してみたら
ふわ〜っっと さりげない事柄だったことに気づくかも
やっぱりヨガは生活の一部だ
と感じた出来事でした
あまりにも世界は完璧です
どうもありがとう。

Physical dance workshop / 京都

乗り物全般が苦手なのに、遠くへ行きたがる。
その先に魅力的な目的があるから、会いたい人がいたり、見てみたい景色があったり、
そういう気持は、乗り物酔いという最大の苦手分野をこして、
最高の経験としてわたしに染み込んでゆく。

ずーーーっと受けたかった東野祥子さんのフィジカルダンスワークショップに京都まで行ってきました。(もちろん電車内では気持悪くて涙を流しながら。笑)
2時間の中で、ありとあらゆる部分を動かし、意識を向ける。
コアも鍛えるし、身体のクセや使いやすいポイントを知る。
体現しようとする、やろうとする。仕組みを知ろうとする。
今回受けてみて、身体を操れるようになりたい。掌握させたい。体現し続けられる自分でいたい。そう思いました。
身体を四方に自由に動かすけど、ちゃんと軸がある感覚
細部にわたって、自由ということを良いことに、ほったらかしにするクセも直したいし、身体かしこくさせたい!
うんうんうんうん。色んな想いが溢れてくるね。

また受けたい、って思うから、今年は京都に行く機会が増えそうです。
不器用な身体なことは重々承知。
でも、私の身体、もーっと色んなところへ連れて行ってあげたいし
感覚を味あせてあげたい
だから、もう私は私でこの身体だから、またヨウコ先生のワークショップに通い続けたいと思いました。

いつまでも、踊り続けよう。

4/29 meditation

5:45~6:00
背骨を丸めてみたり、頭の重さを感じてみたり、そんな動きをしていた。
なぜなら、「真っすぐでなければいい感覚が味わえない」という概念が自然と入り込んでいるように感じたからだ。すると、脳みそも身体も緊張感が走ってしまうような気がして、今日はゆるめて、「動いてもいい」と身体に伝え自然な状態で行った。
眼球も途中で動かし、バランスを整えようとする行為をいくつかしていた。
呼吸は違和感なくスムーズ。そしてここでも「深く細く」などの意識はなくして行った。あくまで自然に。
今日して思ったのは、「ありのまま」「しぜん」という状態を忘れがちになっていたこと。バランスを調整するのはとても良いことだと思うが、良いという状態に相応しくない時、そうしようとする過程に付随する思考に「これがベスト」と理想型をはめ込んでいるような気がしたから。
「そうならなくても、そのままでもいいんだよ」という自然体でいられたら、もしかしたらそれが今の私の「いい状態」なのかな、と。
そんなこんなで、身体感覚ではまだ7分くらいかなで目を開けたが、そうしようとしていた6:00に目を開けた。今の自分に合っている瞑想時間だと思う。
微細になりすぎて、今の状態を「受け入れる」ことをしていなかったように思う最近の瞑想だったが(「整えよう」に比重がのっていた)
また発見の繰り返しで、太陽の日差しも有り難く
こうして静けさとともにあれる心に感謝した。

4/28 meditation

7:13〜7:30
ちょっとだけ肌寒い。首巻きをして瞑想開始。
太陽に向いていた体勢を反対側へと変えた。背中に光をあてた。
自然と右側の前頭葉くらいからジワジワ〜っとエネルギーが降りてきたので、そのまま身体の方へと向かう感覚を確かめながらの瞑想だった。いつも右の頭からエネルギーが降りてくる。
右の額から、ゆっくりと水(エネルギー)がじんわり紙(身体)に滲んでいくような感覚で下の方へと降りていった。右瞼をつたい頬の上の方に達したところらへんで、左の目の上らへんからもエネルギーが降りてきた。本当にささやかな感覚なので「もっとエネルギーの圧を強くさせて左側を強く感じたい」という意識が少し働いてしまったようにも思う。それぞれ輪郭を辿り、顎までいったら首の方へ降りてくるかとおもったけれど、そこは通過せずに右肩へと映っていった。ここはゆっくりじんわりと肩、腕、肘、腕、手の方へと移動していった。やはり左腕は感じずらく自主的に移動させているような感じになった。
胸の方に移動させたかったが、久しぶりのエネルギーの移動だったからか、今日は自然とココまでになった。上半身前側よりも、背中の方が意識がおりやすいような感覚を味わった。(単純に面積が広いからなのか?!)
本日は瞑想中盤で瞼の中で映像を見ていた。これは身体感覚ではだいたい1/3時間。色は白い光と紫色。家から外側へと光を放つような映像で、その2色がずっと動いていた。少しサイケデリックな映像ではあったが、ずっと観察することができた。瞼の裏って面白い。いつか絵に描いてみようと思う。
今日は背骨や骨盤周りの違和感は一切なし。身体は「通常」だった。肩まわりが細胞がひしめき合っている詰まっている感はあるが、それがこりや違和感にあたることなく、自然な感じ。
目を開ける時は、呼吸に合わせて丁寧に、ゆつくり、同じ軌跡を通りながら開けようとしていた。よりそこに漂う空気と馴染んで、自分の呼吸と呼応するように。上まぶたの際の線が優しく上下にゆっくりと動く感覚は、新しい線が生まれるようで美しい瞬間を味わっていると感じた。

memo:お腹周りが緩まっている状態が必須。今日はタイツ(しかも断熱素材の化学繊維。涙)で行ったため、多分意識的ではないがどこか気になっていたと思う。身体が喜ぶような、安心できるような素材での呼吸がベスト。
ヴィパサナ瞑想思い出した。

4/27 meditation

9:38〜9:43
かなり遅く短い時間での瞑想になった。(どうしても時間の終わりがありこんなんになってしまった)一見不適切な状態のように思えるが時間よりも質、そして継続が大事だと思っているので全ての現象にOKを出した。学びはあった。
骨盤に少し力みがあることに気づいた。座骨がマットに均等に接している感覚を得たいが為に、「骨盤をおこす、背骨をする」という動作を当たり前のように行っていたが、気づくと骨盤周りが硬く緊張していることに気づいた。そのときふーっと息をそこに吹き込む様に呼吸をしたら、いっきに緩まった。この感覚は非常に気持よい。
今日はこの短時間で瞑想しながら人のことを考えてた。ですが、自然と思考は消えて集中できた。目を開ける時の感覚はやはり心地よいもので小さく優しい何かが見守っていてくれるようなふんわりとしたものだった。

memo:でもやはり最低10分の瞑想は行いたいものだ。

4/26 meditation

今日は座骨への違和感なく瞑想がはじめられた。とても自然な感じ。

思考は働いて、楽しいことや、見た夢を回想してたらにやけてた。

感情が少し働いたからなのか、

以前と名時。また右目から涙が出てきた。今回は目の4頭分にした目頭から2番目くらいのところ。鼻の真ん中ら編まで流れて乾いた。これには驚いた。何の要因もなかったから。

人が来たけどそれで目覚めるのは。。。だったので続けた。非常に安定していた。その日に何が行われるか、これから何があるかで感覚が違うと思う。バイオリズムを体感しまくっている。

でも目を開けた時の穏やかな感覚は

ここから何かがずっと続いていくという安堵感につつまれて幸せな気持になる。

日常に入るが、がんばろう。

蓮華の中の農村ヨーガ開催しました!

先週4/22 生パスタ工房&農家イタリアンPasta sorriso とのコラボイベント蓮華の中の農村ヨーガを開催しました。
当日は晴れ!少し心配していたレンゲたちも思い思いに咲き乱れ、最高のロケーションの中幸せな時間を過ごしました。

美味しいお料理と、場所を提供してくれたソリーゾスタッフの皆様、
ご参加いただいた皆々様、
気持ちよく迎え入れてくれた大地と風と空と虹と鳥と山とレンゲ、
あの瞬間にあった、全てのものたちに心から感謝申し上げます。

普段よりも伸びをするのが気持ちいーい!

  

自然の恵みを、いーーーっぱい受け取り、

  

ランチは、海の幸(写真左)と山の幸(右)真ん中にソリーゾさんの田んぼでとれたお米のお粥。イタリアのスイーツと和菓子も添えて・・・。
※ちなみにお皿を置く位置も、地球の自然や時の流れの象徴「369」の配置になっている)
ひとつひとつ丁寧に、食す私たちのことを考えてこの日の為に用意してくれた優しいごはん。
本当に心があたたまる味でした。

            

いつもクラスに通ってくださている生徒の方や、
久々に会う友人、初めましての人、
そしてキッズたちの存在に最高の癒しをもらい
いい時間はあっとゆう間に流れていきます。
ヨガの途中に虹が表れ、虹観賞タイムになったり、シャバアーサナで皆の姿が見えなくて面白かったり、感謝歌もうたうことが出来ました。

自分が自分らしくあれることが、こんなにも感動へと繋げてくれる。
ソリーゾさんとの農村ヨーガイベントはこれからも続いていきます。
次回もお楽しみに♡

ありがとうございました!

4/25 meditation

am8:11〜8:23
今日はすんなりと心地よく自然に瞑想状態に入れた。

必ずしも毎回思考が停止することはない。

たくさんの考え事が浮かびながら、無理にそれを消そうとすることもせずに、ただただ集中する。

今日は、息を吸い込むときの鼻の表面の感覚が、ふわ〜っとやわらかく広がっていくような感覚がとても気持ちよく、「ずっとしていたい」という気持になった。

相変わらず左右の感覚の違いに、敏感になり少しずつ整えながらの、基礎行程。

いつも右側への違和感が大きいように思う。今日も座骨が深く畳に降りている感じがあり、それを継続していた。瞼も右の方が重たく感じる。

そう感じるとその意識に固着しそうになるので、目を瞑りながら、左右上下に眼球を動かすことをしてみた。少しではあるが、重さが均等になった気がする。

こめかみのあたりを常にやわらかくいれるようにしてみようっと。

目覚め

最近どんな時間に就寝しても

4時台におきることが増えた

一番世界がピュアな時間に

一番ピュアなカラダで

配達のバイクの音でも、ネコの喧嘩でも、太陽のひかりでもなく、

鳥の声がわたしの身体を目覚めさせてくれる

目覚めたら、5分くらいは、その身体の感覚をたのしむ

少しふわっとしたような、やわらかーい感じ

こんなに平和な時間は1日の中で、この瞬間だと思ってる。

おはよう。

4/20 meditation

9:15~9:25

今日の瞑想時間は短かった。

体感と時間感覚は同じくらい。

ただ、この時間の瞑想は遅いと感じた。車を移動させなければいけないという焦りを伴い目を瞑っていたので、本当の意味で何もきにせずできなかったように感じる。

お腹の調子は通常通り。やはり吸う息での味わいの方が強い。

初めから、通常よりもほんの少しだけ鼻腔への意識を強めに呼吸を続けた

初めの方は思考がふつふつを浮かんだ。「消そう」という強い意志も働かなかった(いいこと)

座骨周りを整えたが、右の座骨がマットと接地する感覚が大きくあり、左座骨周りのお肉を斜め牛後側へ出し直した。これでバランス感買うOK。でも下着にも気を遣わないと、それだけで感覚が違うと思った。ずれなどで左右で感じ方が違うと思ったから。膝に置いている手の感覚も左右差があることに気づいた。左手を動かし、より均等に重みを感じられる様に調整した。

斜め45度くらい下を見つめての瞑想だった。

あごを左右に揺らすクセをしてしまうことに気づいた。まだコリコリとなる。自分の中心やバランスを整えようと自然にしてしまうのだと分析する。

少し時間をきにする、という何点はあったた、目を開けた瞬間やその後は、非常にこころ静かにいい状態だと確信をもてた。

※どれをとっても瞑想することで気づきがあることが大きな習得や学びがあるので

どう感じようと、すべて起きた、感じた事柄に付いて「NG」ということはない。