ホントウ

 

今日は宇宙の歯医者へ。

今までの歯があわなくなっちゃって、新しいのを作ってもらった。

私は、自分の歯を作ってくれた人も、接着する塗料を作ってくれた人も実際に会ったことがある。

「ありがとうございます」とお礼を伝えた。

私の身体や思考を創ってくれている畑の作物、大地に「ありがとう」を伝えるように、足りなくなった私の一部を治してくれた先生たちにも「ありがとう」。

 

人は、数字や文字だけで何かを判断し、それが心の安心材料になったりしている。

目の前に本当のホントウがないのに、それだと錯覚をしているみたい。

本当のようで、ホントウじゃないような。

 

本当のホントウの消化の仕方は、

きっとその出来事を見つめて、それで湧き出た体で感じきってあげること。

だから、ホントウの本当をみていない状態での認識で

勝手に悲しんだり、悔やんだり、嘆いたり、心を苦しませて、自分に暴力をふるうのはやめようね。

自己破滅

本質を知る、ことの第一歩。

この目で見つめて、この身体で感じよう。

それがきっと、本当のホントウだと思う。

 

※追伸

冒頭の”宇宙の歯医者”の何が宇宙かっていうのはまたいつか。

 

日々の覚醒事項

 

あんなに激しくて遠くを見渡すのが厳しくて刺激的な日々を生きていたわたしが

今は仕事もせずに、予定も立てずに、のんびーりと暮らしをしている。

どっちが自分の性に合うかなんて、未だに分からないんだけど

でもたくさんの刺激をうけて発信して、溜めて、試行して、進むしかなくて、愉快だったころに比べて

出来事や心の変化を、よりシンプルに本質を見つめるように、焦ることなく、ただ過ごすことができている気がする。

大地を感じることが多いココ数年だけど

それ以上に人に支えられて、実は生きてる。

 

 

わたしは人が大好きだ。

そんなわたしも悔しくて愛おしいほどに、人間だったんだ。

海の在る場所

 

七年前くらい

親に内緒で、海から徒歩5分くらいのところに住んでた。

またあの海がある景色に会いたくなった。

ってさっき思った。

思い出って、キレイになっちゃうから、ずるいね。

 

なんでやろ。

踊ることが好きで、踊ることが生業

 

わたしは踊るのが大好き!

踊ることは、私の場合は身体をすみずみまで探っていく果てしない作業のような気がする。

そしてこの肉体だけではなく、そこから先の感覚(ここでは第三次元と呼んでみます)までも意識ができる、まさに魂の旅。

第三次元へ意識が移っていくと、より肉体は繊細に、そして空間の中を遊びたくなってくる。仲良くなりたい!みたいな。

目にはみえないけど、そこにある空気を蹴飛ばしたくなったり、優しく触れてみたくなったり、かき混ぜてみたくなったり・・・

 

もし一般的に賞讃される「ダンス」

美しい曲線や技術でみるものを魅了するバレエや

イケイケ最前線のヒップホップなど

 

それらと比べてみたら、

わたしがするダンスは「下手」に部類されるかもしれない。(自分では「変態コンニャクダンス」)

よく、「お腹周りがクネクネしてて芯がない」と指摘を受けるし。

 

でも、ダンスは技術だけではないことが大人になって、本格的にダンスをはじめて気づくことが出来た。

「わたしはわたしのままで、わたしのダンスをしたらいいんだ」

もうダンスとそうじゃないもの、の境界線すら分からなくなっているけれど

 

それでも、間違いないことは

「わたしはわたしの踊りを魂の赴くままに全身で全うしている」

だから、そんなわたしの「ダンス」を見て、

面白いな〜とか、笑顔がこぼれたりとか、もっと見たい!

と思ってくれる人がいたら、

わたしはダンスを生業として生きたい。(2日前に決めました)

だって、わたしが音と一緒になるとき、わたしはわたしのようでわたしじゃなくなる。

わたしが空間と交わう時、最高のエクスタシーを感じる。

いつの日かポロッと、セッションしてくれる人、表れないかな。笑

 

音を操っている人たちとともに、よりクリエイティブな世界を創造していきたい。

 

わたしはダンスを生業として生きていく。

と決めたのです。

タオ・ダンス&メディテーション

 

根底からの想いが沸き上がった!

「身体が慣れてきたら、ぼんやりと目を開けて。自分と外側の外側から自分をぼんやりと見ている感じ。」
「自分のカラダ、どんな風に触れてほしい?」
「パターンをくずす」
「いつものクセと逆のことをしてみよう」
「触れていないところがないように」
「フゥゥ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」
「関節をロックしない」
「心地いいところを探す」

ナビゲーターのsomaさんから、素敵な言葉のキーワードを伝えてもらう。
それらを身体でキャッチ。
taoのウォーミングアップは、繰り返しの動きから、腰を落としてゆっくりツイストしたり。優しいう動きの中から、自身の滞りなども感じられた。
somaさんの声が心地よい。

みんなが自分自身を愛おしんで、丁寧に触れる時間もあった。
自分から他者との触れ合いへ。
そりゃあ愛おしんだものたちが触れ合うんだから、かけ算で愛は倍増して、その愛は、身体から放たれて、そこにある空間に広がっていった。

後々自身を分析してみるとわたしは「セーブ」をできるようになったほうがいいのではないか?!と感じた。
出しすぎているようにも感じて、それがKY(空気読めない)な感じになるときもある。私自身はそういう状態も別に気にしていない。だってありのまんまだから、それでいいと思っている。(怒りが込み上げてくるくらい苦しみがともなっていなければ)

飛び出して、はみ出して、そんな自分でもオールオッケー◎

これが私が在りたいと思う姿で、もーーーーっと燃え尽きて、絞り出して、そんな状況を全身で体感したいんだ。
そうして、それを「他者」がいて、はじめて本当の願望が「完了」する瞬間

そうか。わたしがしていきたいこと、これだったこれだった。

所作が丁寧になって、ひとつの動作ごとに真理を導きだせそうな。そんな聡明さと清らかさがあるワークショップだったよ〜。

インスピレーションで参加した今回のイベントだったけれど、とっても楽しかった。

主催のsomaさん、そこに居てくれたみんな、どうもありがとう。

 

いろんなもので満たされて、お腹いっぱいだ。