気象変化とともに

 

一番ゴチャゴチャしてるのは

わたしのこの頭の中だ。

 

ゴチャゴチャしていて

さらに後にクヨクヨするむかーしからのクセが

再来してきちゃった

 

クヨクヨは

うまく言葉が伝えきれなくて

誤解されてしまっていそう

ものごとを勝手に先読みして

他人に翻弄されてる自分

とかとか

ウダウダ悩む

頭の中がごっちゃごちゃごちゃごちゃ

 

 

そんなののループ

気づけば涙が目に溜まっていて

ふとした瞬間

ぽろっと溢れる

 

 

ぽろぽろぽろぽろぽろ

してる

 

ちいさいころに

戻ったみたい

 

記録

 

今のお気に入りの写真。

 

 

 

写真ってすごいね!!!

踊っている瞬間も気持ちいいけれど

そのとき記録してくれた写真を

後に見るのも、とても好き。

レンズ越しにこんな風に自分は映ってるんだ〜

ってさらに楽しく、気持ちが良くなる。

 

今はこうやって瞬間瞬間を写してくれた写真たちを

どうやって整理して保管しておこうか考え中

だって、あまりにも素敵なんだもの!!

 

ステージの上の絶頂③

 

7年前のがむしゃらなわたしへ

 

 

7年後の今も

あなたはステージに立って踊っているよ

少しの緊張と多めのプレッシャーを持ちながら歩んでいる世界にいるけれど

今あなたが「年上」「先輩」と感じて敬意を払って関わっている人たちは

今では「同志」という感覚のほうが強くって

自分の意志で相手を誘って、

すこーし客観性をもって

あるがままの状況を受け入れて

 

表現しているよ。

 

そのまんまで大丈夫だよ

 

暴走しがちな行動や
自分の考えさえ不明確になりがちで
突っ走ることしかできないあなた

 

そんな思考の整理整頓がへたくそなわたしへ

 

 

結局は

何年経っても

出来ることしか出来ないから

安心して

生きてね。

ステージの上の絶頂②

6年前と同じ衣装を着て、6年後のわたしもステージの上でに立っていた。

既存の曲をきて、詰まった喉で、そんな身体だったわたしも

ありのままの自分の身体で自分の表現をしていた。

誰かからの目線は、わたしを生かすエネルギーで

わたしは一つ一つの楽器へ感謝して、それを奏でる方達へ、全力で魂を燃やした。

全てはわたしの為で。

わたしの為に尽くすことが、全ての関わった命に繋がることだと確信しているから。

やる。出す。

+見る。感じる。

そこに緊張は必要なくて、以下に冷静にその場の空気と自分の魂を見つめられるか

あ~まだまだ生ききりたかった

わたしは彼らの魂が燃える瞬間に立ち会いたかった

沸かせたかった。

沸き上がりきりたかった。

時間を越えて、

ただ喜ぶ魂たちだけのセッション

永遠に続けよう。

大人は分かってる。

さようなら。

溶けて無くなるまで。

ステージ上の絶頂

 

どれくらいぶりに、照明を浴びただろう。

 

わたしの身体は少し緊張をしていて

この感覚、悪くない

わたしをわたしが試してる

楽しんでる

多分「緊張」と感じたのは

 

観客がいるからじゃない

ステージに立っているからじゃない

うまくやらなきゃという焦りからではない

理由なんてどうでもいいんだけど

多分そんな理由ではないような気がする

 

今からどんなに焦っても、

どんなにスキルあげて良く見せようと背伸びしても、

何かをどうしようとする心自体が

プレッシャーを生む

 

だから、ひとつ深呼吸をして

自分を信じる

これが

「自信」

それしか実はできない

 

わたしには自信がある

そのまんまのわたしを受け入れる自信

だから、何も怖くなくて

どういう現実がきても

それが結果だから

その結果があるだけで

それはどうにも変えられない

だから100%に生きるしかないんだ。

 

遠くに並んだお客さんの顔が

誰一人として知っている人がいないはずなのに

すごく懐かしく感じて

あっこの感じ

数年前とどこか似ている

 

演奏がはじまったその瞬間は

ステージ上に奏者がいるんだけど

わたし自身と勝負している感じで

感覚で対話してた

 

「もう少し深く呼吸して

落ち着いて

信じて

何にもせかされないで

 

魅せろ

魅せろ

魅せろ

 

わたしの等身大を

今生きてるのを

示せ」

 

そうやって

わたしがわたしへ伝えてた

 

低いステージの上でも

わたしは最高の絶頂にいた

 

絶頂は

スリルとリスクがあるけれど

眺めと体感は

この世の何もかもを超越するエネルギーで

快楽と生きてる心地を与えてくれる。

 

7月15日

また何かが始まった気がした

 

振り返ることなく進んでもう8月

 

です。

 

7月はパフォーマーとして、
ヨーガインストラクターとして、
アートモデルとして、
ダンサーとして、

息をした時間がたくさんあった。
生きてる実感がいっぱいあった。

 

その中でわたしというものは色んな表情をする。
きっとヨーガの時にでる笑顔と
パフォーマーの時にでる笑顔は
全然ちがうように思う。

 

悔しすぎて泣いたときもあった。
不甲斐なさで暗い表情にもなった。

 

ただでさえでかい目を
これでもかというくらい見開いて
わざと鬼神のような顔をしてみたときもあった。

 

さまざまなわたしの職業は
わたしというものを色んな形へと変容させ
より柔軟に素敵な可能性を引き出してくれる。

 

そんな風にさせてくれる周りにいるみんな、
いつもわたしを面白がってくれる人たち、
サポートしてくれる人たち、
新しく顔を合わし出会えた人たち、

そして、

感動を与えてくれた景色、
感動を感じさせてくれるわたしの身体、
感動の場面をクリエイトしてくれた人、

いつでも感謝している。

 

今月はどんな自分をクリエイトしていけるかな。

 

必要なことは必要なタイミングで

 

自分にとって必要なことが、
日々生活の中で目の前に現象として表れる。

たったひとつの些細なことでさえ、きっとそう。

その現象を創り出しているのは、
何者でもない自分自身。

 

岡山に越してから半年が経ち、
岡山での滞在時間以上にわたしは全国各地を放浪している。

ただ会いたいと思った人に会いに行って、
会いたい景色に会いに行く。

さらに素敵なことに、
行った先々ではわたしのできるヨーガを伝える場を作ってくれたり、
ゲストとしてすごく親切な待遇をしてくれたり、
本当に出会う人によくしてもらっている。

行く先で仕事ができるのは本当に有難いこと。

 

でも、岡山に住んでから、

どこかへいってしまう。旅立つ。

っていうスタンスが今までの人生を経て
自分の中で確立されてしまっていたが故に、
わたしは岡山での仕事を積極的につくっていかなかった。

ただ、ご縁というものもあるから
声をかけてくれたものに関しては、
誠意をもって仕事を引き受けさせてもらってた状態。

どこかで
継続、定期的
という言葉を避けていたみたい。

それはそのうちタンポポの綿毛のように
ふわ〜っとどこかに行ってしまうであろう
未来の自分を想像してたから。

 

それでも今年はじめ
「短期でもいいの。嬉しいよ。ぜひクラスをして欲しい!」
と言ってくれる人と出会い、

わたしは先月から、
ヨガスタジオのインストラクターを任されることになりました。

そこのオーナーさんやスタッフさんは、
ヨガスタジオオープンにあたって必要な準備物を伝えると、
その全てを用意してくれた!
(ヨガスタジオオープンとなったら色々と最低限でも必要な物が結構あるんです)

その他の告知や宣伝も隅々に至るまでしてくれた!

わたしの意見もしっかりときいて動いてくれてる。

なんてここちよよいのだろう。
この流れのいい感じ。

 

ヨガインストラクターとして岡山で活動を始めるのには
渋っていたり時間がかかっていたけれど

きっとこれが
わたしのスタートに相応しい最高のタイミング
だったのだと思う。

 

 

 

「待つこと」

 

投げかけたら、
願ったら、
ちゃんと現実に答えは顔を出してくれる。

ただ物質過多世界のこの世では、
問いや希望を投げかけても
それが現実になるまでに少し時間がかかるし
人によってその差はさまざま。

頭の中が情報や思考だらけになってしまうと
想いがシンプルに宇宙に届きづらいから
なるべくスッキリとした自分でいたいもの。

 

すぐに答えが出なくても、焦らないこと。

焦って、罪悪感とか不安感をだし
現実でない現実をつくり出さないこと。

 

「待つこと」

 

これが意外と大切なことだと思い出させてくれた。

それができたら
望んだものが後だしプレゼントでわたしたちの前に表れて
世界をhappyにクリエイトできるんだ!