愛する行為

自分のカラダを(もっと)愛したかったのかもしれません。
それはこの肉体のすみずみを全うすること、
まんべんなく意識をすること。
ただでさえ心臓や脳みそ腎臓肝臓胃脾臓胃腸とかとかが
この肉体に詰め込まれていて
なんて宝物がつまってるんだ〜〜!!!
とひしひしと感動する瞬間が何度もあります。
まるで自分のカラダは宝箱みたいだ!
かわいいな。大切やな。
って本当に感じる。
どの状態でも心臓が動いてて血流が全身に流れていること自体がドラマチックだけど
やっぱり自身の可能性(どんな身体でいられるのか)は知っておきたいな〜って感じています。
そしてそれには意識を研ぎすます「時間」が必要だし
じっくりと「感じる」ことをしていく必要もある。
未知な状態にふみいれる勇気も必要だし
何にしろ「感じる」センサーは純度高いものにしていきたい
年末12/31ですが
わたしの精神は納まることを知らず
「納め」なんて巷であふれる言葉も似合わないくらい
ひらびやかに踊り倒しました。
一般社会では「〜納め』になる日から
わたしは完全に「はじまり」を感じました
人間じゃなくなってみたい!
昨日感じたことだよ。
未知の世界の冒険は
ワクワクの方向に光とともに
進んでいくのです
今ここにいるのは
やーっぱり意味があったんだなー
境目なく年が明けましたが
今年もよろしくお願いします。

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