クリエイティブな生き方

いろんな何かが追いついてない状況ですが

最近は今月末にある身体表現パフォーマンス「ピークZERO」のクリエーションで身体とともに脳みそを思考させる事が増えてきました。

気づけば1週間後に本番。

そして翌日4/1に岡山を旅立つという強行突破スケジュール

すべて私が決めた事です。

 

 

身体へ猛烈に熱中するクリエーションの時間

それぞれの身体の可能性をひろげていったり

時には予想外の状況を作り出したり

これらの作業は決して誰かに見せたりするものではなく

すごく地味なものだったりする。

 

けど、身体への充実感は半端なくて

人間冥利に尽きるなあ〜とつくづく感じる。

 

一緒にピークZEROを作っている亜紀子さんが与えてくれる身体への感動は

ストレスがない。

亜紀子さんに声をかけてもらえて

そうして公演ができる運びになれてとっても幸せだ。

この経験が宝です。

 

 

岡山で過ごすこの数カ月は

プチ出稼ぎと名乗りヨガレッスンのみで海外進出への旅費を稼ごうと思っていたけれど

身体パフォーマンス公演もすることになり

モデルの仕事もしてる。

なんなら絵の販売もここ数カ月の間にできることになったし

すごいなあ〜出逢いって。

 

 

な〜んだ。

好きなことがたーんとできてるじゃん!!!

覚悟を決めたら

私の生きたい素晴らしい世界が目の前にひろがって

虹が掛かるように

人と人を繋いで

地球上を笑顔で手をつないでいる感覚

そんな風な感覚で表現ができていると

関わっている出逢ったすべての人よ幸せであれ!!!!!!!!!!!!

って祈りに変わる。

 

わたしの祈りは

自分らしく生きる事、心地よい呼吸で絵を描くこと、

心地の良い場所の空気をすいきって身体で表現すること、

心地よい呼吸でヨーガを親しむこと、

心地よいを感じられる温もりの中で

暮らしをするとゆうこと。

 

 

 

偉人だけでなく誰しも人生に歴史あり

 

ふと、2011年3月11日のことを思い出した。

もう8年も前のことになるんだね。

 

 

あの時から

自分自身に対してや

今ある地球のことについて

その頃の経験とともに

意識が確実に変わっていたよ。

 

 

肌に触れるものや

体内に取り入れるもの

自分が過ごす環境

呼吸をつづける場所

 

 

全部わたしが選択できることを知ったよ

わたしが決めていい とゆうことに気づけたよ

 

 

初めて運ばれた救急車の中

初めて目の当たりにした流血事件

初めての村大騒動夜逃げ

 

(笑)

 

自分にとって印象強い出来事は

何年、何十年経っても鮮明に覚えている。

今は(笑)にできるけど

当時は全てに必死で真剣で戸惑って

それはそれはもう1日1日がドラマのような出来事が起こり続けていました。

 

 

 

それがあったからこそ

今のわたしがいて

意思を持っているわたしが存在している。

 

 

何にでも寛容できる私がいる

生きている事にめいいっぱい喜びを感じられるわたしがいる

死を日々意識している私もいる

 

 

日日を過ごす事が

本当にかけがえのない瞬間だと実感できる

人との出逢いに心から祝福できる

目の前にいる人に愛をそそげる

 

 

今の自分が大好きです。

痛みも悲しみも安らかにわたしにこびりついていて

その全てが誇りに思える

 

 

愛するってとってもたのしいよ。

美しさも儚さも

2/15にひとめぼれして買ったカーネーション

1ヶ月以上経った今でも私の部屋の片隅で美しく咲き乱れている

 

お花屋のお姉さんに

「どれくらい持ちますかねえ?」と尋ねたら

「3〜4日がピークですね。」と返答があった。

 

 

途中でEM菌のお水を少し加えたからかな〜

とか色々予測していたけれど

その答えは自分の中でハッキリしてきて

そのカーネーションがとっても可愛くて美しすぎて

時には「可愛いねえ〜キレイだねえ〜」

なんて声をかけていたり

花びらをやさしく撫でたりしていたこともあった。

つまり

私は彼女(カーネーション)に一目惚れしてお家に持ち帰り

日々愛でた(笑)

 

人も「素敵だね」「キレイだね」

なんて声をかけられたらイヤな気持ちはしないし

自身を意識すると思う

人によっては、さらにキラキラと自信を持てるようになったり・・・

その現象と同じ。

 

 

そんなカーネーションは今日もすごくあらわな状態で開花していて

とっても美しい。

先の方が少しだけ茶色になりはじめたのに気づいたけれど

この枯れてゆく様さえも

儚くて憂いをおびているようで

美しさを感じずにはいられない。

 

 

人は老いることに抵抗を感じて

時間を経て老いることへ恐怖や

その為、アンチエイジングなんて言葉が流行っていたりするけれど

アンチまでしなくてもいいんじゃないかなって感じてる。

 

 

それぞれ積み重ねた分の経験やその厚みや深さは

顔相や身体、言語や行動となって

全て表れてるのだと思っています。

 

 

自覚の意味

 

自覚

自信

自由

 

 

今年初めにふと降りてきた言葉たち。

 

 

お母さんの産道を通って

私たちがこの世に誕生した瞬間に

「わたし」と世界が隔たりを認識してしまった

 

 

たったひとつだった「わたし」は

他人やその他の物質的な物と区別が生まれ

この社会で当たり前に行われてる分別や区別により

優劣などの比較が生まれ

苦しみや困難というものが始まった

 

 

すると

必要以上に無理をしたり

権利を競う争いがはじまったり

様々な場面で無茶をするようになり

自滅という七転八倒の心身。

他人にさえも嫉妬妬み劣等感争奪欲を覚える事も然り。

 

 

そんなこと

誰がのぞんだ世界だろう?

本当に

今の状態を生きたいの?

 

 

そんなとき

本来の「わたし」を思い出すんだ

そうすることで体験する世界は

充実感あふれ

生きた心地で充満する

ピュアで素直に鼓動する世界は

完全なものだと認知できる

 

 

 

ふてくされないで

社会やメディアのよしとしている常識にとらわれないで

自分の目で判断していこう。

隣りや会社や家族や上司や偉人の言葉じゃない

私の感じたものを

私の言葉で紡いで

表現していこう

 

 

 

そんな時代へ変化してきていると感じてる

 

 

自覚って言葉を検索したら

やはり!

いいことが書いてあった。

 

 

 

あせらないで

背伸びしないで

思い出す作業を

とことんしていったらいい

手段はとことん素直に

ひらいて ひらいて

たっぷり呼吸を感じて

生きること。

 

わたしはひとつなのだから。

身体表現パフォーマンス「ピークZERO」

 

おしだゆきと松永亜紀子による身体表現パフォーマンス。
心と身体と意識の間。
今身体が”ここ”にある確かな事実を噛みしめる時間。
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身体表現パフォーマンス
「ピークZERO」
2019年3月31日SUN
[3回公演]6:00~/12:00~/18:00~(開場/開演15分前)
上演時間:約40分~50分
*朝・昼・夜、各回表現が変化します。
各回で変化する無我宇宙空間を存分にお楽しみください
[料金]1回1,200円/通し料金3,000円
[会場]pieni deux (岡山市北区出石町1-4-6)
[構成]松永 亜紀子
[出演・振付]無我宇宙(おしだ ゆき + 松永 亜紀子)
[予約・問い合わせ]
MAIL/matsunaga_201307@yahoo.co.jp(松永)
TEL/090 3816 4346(おしだ)

※ご予約の際は、上記予約・問い合わせ先に、お名前、ご連絡先メールアドレス、鑑賞時間を明記の上ご連絡よろしくお願い致します。
※定員15名程度になり次第予約を締め切らせて頂きます。

*駐車場はございません。
最寄りのコインパーキングもしくは公共交通機関をご利用ください。
*JR岡山駅より路面電車「東山行き」5分、「城下」下車、徒歩7分。
*6:00の部にお越しのお客様は、早朝の上演になるため
近隣の方々への配慮を踏まえ、なるべくお静かにお越し頂きますよう
ご協力よろしくお願い致します。
プロフィール:
<おしだゆき>
2011年から移住の生活を開始し、ヨーガ・ダンス・イラストレーション・即興パフォーマンスなどの表現をしながら、全国を巡り渡りジャンルに縛られず活動中。

2015年 国内ダンス留学@神戸4期生
2016年~現在、ヨーガや創作活動を中心にフリーで活動中。
http://oshidayuki.com
<松永亜紀子>
岡山を拠点に、身体表現を中心とした活動をしている。
2000’・2002’ American Dance Festival programに参加。
1999’~2009’ダンスグループ ズンチャチャメンバー
2010′ ~2015’ アートイベント 犬島時間 リベルバーバとしてパフォーミングアーツにて参加。
2015年度 M・L・I M-Lab Instituteメンバー(主宰/三浦宏之)

認識

 

出逢いと別れの中で

物体がないことでのもの悲しさを感じる事もある

けれど

”存在してる”

という事実が

悲しみの後に大きな喜びに変わるのを知ってる

 

 

それらは

”わたし”という大いなる尊い存在を認識していくうちに

ひしひしと実感できる

 

 

目まぐるしく出逢いがあって

目まぐるしく別れとゆうものもある

見えるようで見えない空気の中に

かけがえのないものが微動してる

 

 

 

この週末はそれらをいっぱいキャッチした