日々のこと

 

今わたしはおばあちゃんと一緒に暮らしている。

 

 

おばあちゃんがかわいい

おばあちゃんがかわいい

おばあちゃんがかわいい

 

 

おばあちゃんが可愛すぎる。

自分の部屋でちょこんと座ってテレビを見てる姿

起床してまず仏壇のじいちゃんに

「おじいさんおはよう。今日もよろしくね。」

と声をかけてる姿

庭のメダカを観察している様子

大事に育ててるお花が咲いたと歓んで報告してくれるときや

デイサービスでのことを楽しそうに話してくれる感じ

まるーくなった背中で一生懸命ラジオ体操の歌を斉唱して

体操に励んでいる様子

 

 

慌てふためいてるときも

笑ってる時も

困っているときも

何にもしてない時でも

全部可愛い。

 

わたしのおばあちゃん89才

 

大好きなおばあちゃん

 

わたしのたからもの。

日々のこと

 

「再会を楽しみにしています。」

 

大人になってから何十回伝えてきただろう。

手紙や直接に言葉で。

様々な土地で出逢い、深く繋がって、いい時間を共有した人たち

ご縁があれば数年後再会することもある。

 

わたしが移住すれば会いに来てくれることもあるし

大好きになっちゃったら会いに行ったり。

 

数年スパンでも再会することになる人は

きっと何かしらで縁があるんやろな〜と思う。

 

今日もその素敵なご縁繋がりで

7年前に伊勢で出会った人と再会。

 

話す、食べる、聞く、居る、

笑う、沈黙する、

「過ごす」をするその全ての空気がやさしい。

 

久しぶりでもフラットな雰囲気の彼にすごく安堵感を持った。

彼とは伊勢で彼の旅の途中で出逢ったけれど

行ったことのない県はあと秋田だけなんだって〜

いつも忙しそうにしてるけど

ちゃんと良い旅をしてて

自分の優先順位をしっかり把握してる。

そんな生活の中でわたしと会うことを優先してくれた今日は

とても幸せで嬉しかった。

 

今日もまた宝物が増えた。

 

日々のこと

 

全国に沢山のオカンがいるという記事を以前書いたけれど(⇒http://oshidayuki.com/dialy/2019/01/10/全国のお母さん/ 参照)

全国にわたしのオトンもいっぱいいるようだ。(変な意味じゃないよ)

 

今までの私は親と接してきた影響や

その他特定の世代の男性との関わりの中で

私の父親世代(昭和30年〜40年生まれくらい)は

社会的に評価されるものが良いもの

テレビや新聞、雑誌の情報は正しい

など、物の見方がガチガチに固まって頑固。

昔の日本兵みたい。

とゆう見解を抱いていた。

なんて狭い視野だったのだろうと思う。(その世代の方ごめんなさい)

 

だけど大きく違っていたな〜とここ数年で身を持って実感するようになった。

 

全国各地で出逢う父さん世代の男性たちは

大きな愛を持って私という人間を受け入れてくれて

ムスメのように温かい心で接してくれる。

支援をしてくれたり、

しつこいくらいに(笑)正面から意見を伝えてくれたり、

面倒を見てくれたり、

そんな全国にいるオトン的存在。

 

 

今日ヨガレッスン後のロッカールームで着替え中

服が後ろで詰まってジタバタ着るのに苦戦していたら(小学生みたい)

知らない女性が後ろから詰まりを直してくれて服を着させてくれた。

まるでその親切心と世話焼き具合が母親のようで

「ああ〜わたしのオカンまた増えた・・・」

と細やかに幸せを感じた。

とゆうことがあって最初のオトンの話に繋がりました。

 

 

全国のオカンとオトンに愛を込めて・・・

恩返しできるようにがんばるから温かく見守っていてください!

よろしくお願い致します。

 

 

 

日々のこと

 

今日は婦人科へ検査をしに行った。

本当は家の近くにいくつかのクリニックがあったけれど

なんだかあんまり好ましい雰囲気じゃなかったから

ここならいいかも・・!と思えるところを探して少し離れたクリニックにかかった。

母に伝えたら、どうやら何も知らずに選んだその場所は亡くなった兄の生まれた病院だったらしい。

なんて偶然。

 

待合室で窓の外の新緑を眺めながら

「ここで兄ちゃんが生まれたのかあ」(←出産直後兄の様態が危なくて違う病院に緊急搬送された為死んだのは別の病院)

なんてボヤ〜と思っていたら涙がポロリ・・・・

 

お産する場所なんて数えきれないほどのドラマがあるんだろうな。

日々の生活に出さえドラマチックなことがいっぱいに広がっているのに

命を間近で体験するその場所には

ものすんごい「生きる」を実感する瞬間が濃密に詰め込まれているんだと思う。

 

 

今回は簡易の検査だったけど

結果異常もなかったのでバリバリ元気に出国できそうです。

 

最近やたらと涙腺が弱い。

年をとったらドライアイになるというけれど

それはウソのようだ。

 

伝え合うこと、想い、その先

 

不思議な体験をした。

 

 

 

とても美しいものだった。

すごく温かいものに包み込まれて

人間してるなぁ〜って思った。

その包まれた空間には

悲しさややるせなさ、

守りたいとゆう気持ち、

もしかしたら他の気持ちも入ってるかも。

私自身じゃないから深層の真相は分からない。

 

でも

大切なんだよって言葉以外の表現だったことに間違いはない。

 

 

ここ数日間でした85㌢断髪や

新月の浄化と排出力

きっとそのパワーも上手いタイミングで重なったんだと思う。

 

 

全てはオールオッケー

最後の日

 

何年間ともに生活をしてきたのだろう。

7年?

7年半?

多分それくらい。

 

眠る時もお風呂の時も

学校へ行く時も踊っている時も

身体に強く根底から染み付いてた

 

 

明日でお別れ。

今日は最後の夜。

 

たくさんの思い出をともに過ごしてくれて

ありがとうね。

 

癒しのルーティン

 

最近日々のルーティン化しているグロッケンシュピールの演奏

グロッケンシュピール⇩

 

ふと思い出したけれど

生まれて初めて演奏した楽器も鉄琴だった。

幼稚園のお遊戯会で人前で初めて合奏したとき担当したのが鉄琴。

 

 

時を経て今のわたしとも巡り会ってくれて

夢中で自分の曲をかけながら弾いてます。

グロッケンシュピール、かなりヒーリング効果の高い音色。

 

先週ギターのグリフ君と路上ライブしてたら

飲み上がりの楽器マニアのおっちゃんからグロッケンに興味をもって話しかけられた。

よくよく話せば音楽学校で先生で音響を教えてる方。

話がマニアックすぎて思い返すと笑えるんだけれど(そのおっちゃんは人間ん以上の長さがあるリコーダーが大好きとのこと)

路上で鉄琴は珍しかったみたい。

 

 

毎朝起きてから

ヨガプラクティス

グロッケンを奏でる

瞑想

自作の絵を眺めて自己満足感に浸る

 

が最近のルーティン

楽器奏でた後は瞑想にも入りやすすぎて

身体で感じる世界観と安堵感が半端なく強い。

 

素敵な余韻のある楽器と出逢えてとっても幸せ。

自分だけの楽しみもいいけれど

海外行く前にどこかで披露できたら尚いいな〜

と夢が増えました☆