★愛ってこうゆうことなんだ。

こっちを振り向かせたくて、今の絵を描いてる。

 

おばあちゃんは、わたしがわたしの道を進むことを応援してくれていて、収入の心配は毎回してくれていたけれど、私が旅立つ時になるとなにかと「あなたの道をいきない」「体にだけは気をつけてね」と手紙をかいたり、メッセージをくれてた。

あちらこちらと飛び回るし、一般的には心配されそうな孫に、注意ではなく励ましの言葉をくれるおばあちゃんは、とっても優しくて、可愛くて、頭が良くって、大好き。実家に帰ると必ずハグをする。

そんなおばあちゃんも見る度に小さくなっていって、さらに可愛さは増していったけれど、今年の5月に死んでしまった。

 

わたしはその訃報をフィリピンで聞いたけれど、はじめは実感が沸かなくって、普通に過ごせていた、距離感のなす感情の鈍さはすごいな、、と感じる。数日経つと色々な感情が沸き上がって、いっぱい泣いた。悲しいのか、そうじゃないのか、辛いのか、寂しいのか、明確ではなかったけれど、涙が止まらなかったっていうことはきっと、これらの感情のどれかだったのだと思う。

どこにも行き場のなかった感情だったけれど、わたしはひとつの答えが出た。「悲しみのままじゃ私じゃない。おばあちゃんに幸せで、安心して、歓んで、天国に行ってもらいたい。」わたしがわたしの道をひたすらに全うすることが、おばあちゃんの喜びであり、わたしの喜びでもあるから。

その日からわたしは、棺(ひつぎ)に添えることもできなかったお花を描きまくった。みとれなかったおばあちゃんの顔、おばあちゃんの体、おばあちゃんのやさしい心、おばあちゃんとの思い出、おばあちゃんの全部

わたしだけ出られなかった葬式。申し訳ない気持ちはなかったけれど、他の何かでわたしなりにおばあちゃんとさようならのレセモニーをしたいと思った。別に特別に誰かに見せたりとかはしないけれど、自分の中で区切りをつけたかったんだと思う。

 

ちょっとグロテスクにかんじるかもしれないけれど、今わたしはおばあちゃんの心臓を描いている。その心臓にたっぷりと添えられなかったばあちゃんの大好きな花を咲かせて。たくさん花を添えて、おあばあちゃんに幸せをいっぱい感じてもらいたい。

つい数カ月前まで、自分の死について怯えたり不安になっていた自分だったのに、今は親族の死に向き合って、自分の生を全うしてる。

おばあちゃんはおじいちゃんのことが大好きだったから、今は一緒にいれて本当に幸せなんだと思う。わたしの絵のことなんて、もしかしたらこっぽっちも頭になくって、わたしが今していることも自己満足なのかもしれない。だけど、おじいちゃんにはかなわないかもしれないけれど、おばあちゃんに少しでも振り向いてもらえるように、わたしは今も絵を描き続けている。

 

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