夏の激しい仕事

 

今年の夏アートモデルの依頼を受け、120分延々と踊り続けるといった

パフォーマンスでもなく、ジッとしている絵画モデルでもない魅力的な仕事をした。

その時に集まった人たちは才能の宝。

それぞれの感性を爆発させての120分は、本当に魂が生きていたのを感じた。

感じれば、その空気を全身で掴んで私の魂が踊り出す。

そのまんまの私で、あるがまま。

泣いたし爆笑したし椅子背負ったり歌うたったり悲しさ演じてみたり

 

参加者の中には、以前路上パフォーマンス公演をしたときに偶然通りがかり、

わたしのパフォーマンスを見て感動して涙しました、という人も来ていた。

今回のクロッキー会のモデルが私だとは知らず、

イベントにたまたま参加して、奇跡の再会をしたのです!うれしいなぁ

 

そんな素敵な日から数カ月経った先日
主催者のさんからポストカードをいただいた!

 

これ、わたしだって!

とっても嬉しい。

どれも表出しにバンバンできちゃうくらいの、素敵な私がそこには描かれていた。

いつもは一人で活動する事が多いけれど、違うジャンルの大勢の人とコラボするって、客観的に肉体という私という物を把握できる。

言葉じゃなくて、絵で表現してくれるという

そんな見事な機会だった。

 

描かれた私自身の絵は宝物だし、共有した時間で感じた感情全ては幸せのご褒美だったなぁ〜って改めて思いました

描かれることがとても大好きになった!

ありがとう

チャクラフェス🌈RAINBOW VILLAGE🌈

 

滋賀県のマイアミオートキャンプ場にて開催したチャクラフェス〜RAINBOW VILLAGE〜が無事終幕。

 

台風警報真っ直中の中、企画してくれたチャクラフェス実行委員会とスタッフのみなみなさま、本当にお疲れさまでした!

イベントを進行するのには難航な状況だったかもしれない。
けれど、悪天候とよぶのは何かが違う!
雨や嵐によって、来場者やスタッフ出演者、そこにいたみんなの距離がグッと縮まったような気がする。
だから今回はなるべくしてこういう状況となり
それぞれに課題、回想、新たな想い、達成感の味わいをより大きく抱かせてくれたのだと思う。

悪天候じゃなく良天候!

https://www.facebook.com/media/set/…
主催者のすぅちゃんが当日の様子をアルバムにしてくれました。
確実に味わった至福の感動体験は写真にもよく表れてる!
でも全ては体感でしかない。
わたしも今年もチャクラフェスに関わる事ができてとってもよかった!
わたしにも大きなはなまるをあげたい!
もうコトバはいらないね!
最高の楽園Rainbow Villageで体験した気づきや誕生は
みんなのこれからにさらに光を灯して、あたたかい気持ちとなり寄り添ってくれるのだろうな。

 

9/29.30愛と平和の波に居心地よく溺れさせてもらいました。
過ごした空間・人・音すべてにありがとう∞

発芽時期

 

今年に入って今まで以上に自分の本心と向き合い、

畑に自然のタイミングで種がまかれていきました。

その瞬間はどれも煌めいていて

大地にも太陽にも恵まれていたように思います。

抜群のタイミングです。

 

そこから必要なタイミングで発芽がはじまり、

花を満天に咲かす為の

さらに本心の核にせまる作業に移っているように感じています。

 

酷暑や極寒に耐える辛い状態もありましたし
そこから抜け出し
創作意欲が沸き上がるのを強く感じる場面もありました。

 

そんな日々過ごす中で
様々な感情に忠実に寄り添いながら
今も瞬間を生きている次第です。

そこに意識を集中してしまう為
報告?告知?のような後処理的なことができていなくて
発信したまんま

だから、これから数日間のブログでは
関わり、声をかけてくれた人たちと想像してきたものの
その報告を少しずつしていきたいと思います。

早すぎるかもしれないけれど

2018年なんじゃこりゃ〜っていう流れで
いろんなことがわきあこっていたよな〜〜
発芽がいろんな場所でおこなわれていて
そのエネルギーをわたしも存分に感じていたせいか
反応が強かったり弱かったりいろいろで(当たり前のことなんだけど)
間引きが必要な時期にしてあげられなくって窮屈を感じてたり

 

でも、それでも

ぜーんぶわたしなんです。

記録

 

今のお気に入りの写真。

 

 

 

写真ってすごいね!!!

踊っている瞬間も気持ちいいけれど

そのとき記録してくれた写真を

後に見るのも、とても好き。

レンズ越しにこんな風に自分は映ってるんだ〜

ってさらに楽しく、気持ちが良くなる。

 

今はこうやって瞬間瞬間を写してくれた写真たちを

どうやって整理して保管しておこうか考え中

だって、あまりにも素敵なんだもの!!

 

ステージの上の絶頂③

 

7年前のがむしゃらなわたしへ

 

 

7年後の今も

あなたはステージに立って踊っているよ

少しの緊張と多めのプレッシャーを持ちながら歩んでいる世界にいるけれど

今あなたが「年上」「先輩」と感じて敬意を払って関わっている人たちは

今では「同志」という感覚のほうが強くって

自分の意志で相手を誘って、

すこーし客観性をもって

あるがままの状況を受け入れて

 

表現しているよ。

 

そのまんまで大丈夫だよ

 

暴走しがちな行動や
自分の考えさえ不明確になりがちで
突っ走ることしかできないあなた

 

そんな思考の整理整頓がへたくそなわたしへ

 

 

結局は

何年経っても

出来ることしか出来ないから

安心して

生きてね。

ステージの上の絶頂②

6年前と同じ衣装を着て、6年後のわたしもステージの上でに立っていた。

既存の曲をきて、詰まった喉で、そんな身体だったわたしも

ありのままの自分の身体で自分の表現をしていた。

誰かからの目線は、わたしを生かすエネルギーで

わたしは一つ一つの楽器へ感謝して、それを奏でる方達へ、全力で魂を燃やした。

全てはわたしの為で。

わたしの為に尽くすことが、全ての関わった命に繋がることだと確信しているから。

やる。出す。

+見る。感じる。

そこに緊張は必要なくて、以下に冷静にその場の空気と自分の魂を見つめられるか

あ~まだまだ生ききりたかった

わたしは彼らの魂が燃える瞬間に立ち会いたかった

沸かせたかった。

沸き上がりきりたかった。

時間を越えて、

ただ喜ぶ魂たちだけのセッション

永遠に続けよう。

大人は分かってる。

さようなら。

溶けて無くなるまで。

ステージ上の絶頂

 

どれくらいぶりに、照明を浴びただろう。

 

わたしの身体は少し緊張をしていて

この感覚、悪くない

わたしをわたしが試してる

楽しんでる

多分「緊張」と感じたのは

 

観客がいるからじゃない

ステージに立っているからじゃない

うまくやらなきゃという焦りからではない

理由なんてどうでもいいんだけど

多分そんな理由ではないような気がする

 

今からどんなに焦っても、

どんなにスキルあげて良く見せようと背伸びしても、

何かをどうしようとする心自体が

プレッシャーを生む

 

だから、ひとつ深呼吸をして

自分を信じる

これが

「自信」

それしか実はできない

 

わたしには自信がある

そのまんまのわたしを受け入れる自信

だから、何も怖くなくて

どういう現実がきても

それが結果だから

その結果があるだけで

それはどうにも変えられない

だから100%に生きるしかないんだ。

 

遠くに並んだお客さんの顔が

誰一人として知っている人がいないはずなのに

すごく懐かしく感じて

あっこの感じ

数年前とどこか似ている

 

演奏がはじまったその瞬間は

ステージ上に奏者がいるんだけど

わたし自身と勝負している感じで

感覚で対話してた

 

「もう少し深く呼吸して

落ち着いて

信じて

何にもせかされないで

 

魅せろ

魅せろ

魅せろ

 

わたしの等身大を

今生きてるのを

示せ」

 

そうやって

わたしがわたしへ伝えてた

 

低いステージの上でも

わたしは最高の絶頂にいた

 

絶頂は

スリルとリスクがあるけれど

眺めと体感は

この世の何もかもを超越するエネルギーで

快楽と生きてる心地を与えてくれる。

 

7月15日

また何かが始まった気がした

 

中毒症状のように

 

中毒症状のように、

わたしは今踊りをしたくてたまらない。

このカラダで表現をしたくって、たまらない。

自己満足で外に飛び出してただやる。のではなく、

誰かが側にいて、その人も表現をしている。

誰かというのは人に限ったことじゃない。

山だって同調してくれるし、川も呼吸する。

相互作用でどんどん広がっていく宇宙の輪っかみたいなのが

常に膨大していく感じ。

 

気が変わりやすい性質だから

この気持ちはこの気持ちで明日は分からない。

でも大切にしたい、大事な気持ち。

 

本音

 

わたし人のマネをするのが苦手。

カウントや音に合わせて同じ向きに手を出し、
ポーズをとり、振りをしっかりと緻密に揃えたりするの、
超苦手。

小さい頃したダンスと言えば全部そうやった。

そしてダンスというものは、
年を重ねるごとにクオリティを要される場面が増え、
さらに振りは緻密になり、
多人数でやるものにいたっては
同じ角度に身体を揃えたり、同じタイミングで動きをきめたり、
視点が厳しくなってくる。

それらを乗り越え覚えられれば、
後に楽しさ、やり甲斐、達成感で溢れるのだろうけど、

それになるまでの作業は、
わたしはあんまり好きじゃない。

だって「時間」を迫られるから。

「この時間までに覚えましょう」
があると、
急いで覚えなきゃと焦ってしまう。

さらにそれらを多数で行うとなると、
緊張感が増し、どうやらそうゆう空気が苦手のようだ。

 

 

一方で、ダンスはわたしを自由にしてくれた。

28才で本格的におどりに関わる環境に身を入れてみた。

いつもヨーガでゆるめていたわたしの身体が、
その時ばかりは日々「ダンサー」として
実践の吸収と排出を繰り返す。

でも、それを続けたら
生理が止まり、歯も抜けて、虫歯11本になり、
体重減少であばら骨は出てくるし、
すんごく可哀想な状態になった。

だけれど、
そこで舞踏にも出会ったし、
憧れだったコンテンポラリーダンスもすることができた。
ここで体感したすべての出来事は
今のわたしに確実に繋がっている。

 

 

ライバルとか、いない。

こうなれたらいいなぁ、も特にない。

なぜなら
踊ることはわたしにとって排出作業だから、

わたしのカラダから出たものを
変えることも、磨くことも、必要がない。

そのまんま。

あえて言うなら、
それ以前の問題だ。

自分がどうゆう気持ちで日々暮らしているかとか、
どんなことで感動しているかとか、

そんなことが、
排出作業のとき=踊り
全部でるのだと思ってる。

あっ
あとユーモアとロマンと孤独も大事。

 

こんな感じでしているわたしの動きや観念。

もしそれをおどりと呼んでもOKならば、

わたしは踊りが大好きで、
切っても離せない存在なのだと思う。

そしてわたしはとても快適で
わたしらしいと思えるわたしのダンスと出会えてすごく幸せ。

ダンスは、
「わたしはわたしでいい」
ってことを教えてくれた。

わたしはわたしでいたいから、
これからも踊りをしていくんだと思う。

 
誰かへのごめんなさいとか、

誰かへの祈りとか、

好きな人への告白とか、

悲しい想いの浄化とか、

なんだか分からないことを明確にすることとか、

届けたい想いとか、

心からありがとうっていう気持ちとか、

どうにもならないけどどうにかしたいこととか、

不条理に感じた出来事への気持ちの行き場とか、

 
そうゆうのが、ぜんぶまるごとわたしの踊りなんだと思います。

 

 

 

今やるべきこと

 

今月入りそうだったヨガイベントの仕事が2つ同時になくなった。

計画を立てている時点諸事情によりできなくなった。

残念ではあるけれど、仕方ないのでとっても前向き。

だからわたしは思ったのです。

 

君は今月パフォーマーとして徹しなさい

 

きっと神からのお告げだ。

そう思わずにはいられないのです。

もちろんわたしの収入源となっているヨガレッスンができないとなると

生活費は0円。

出費もそこまではないけれど、どこかへ行く交通費がピョンピヨンととんでいきます。

飛行機、電車、車、いろんなものに乗るから、結構お金はかかる。

でもね、お金が必要になったとき、雇用労働の対価で収入を得ようという考えはもうわたしは選択肢から除外しています。

それはお金がお金として生きていないからです。(あくまで私の場合!)

もっとわたし自身がエネルギー満タンで、わたしくらしく居れた時に

それを見て喜んで、面白がったり、笑顔になれたり、心がほっこりなれたり、身体楽やな〜って感じたり、

そんな時に得られたお金がわたしには必要だし、よろこび。

そしてお金自身も生きてる証拠。

そんな状態のお金が風穴全開のわたしのところへ流れてきたら、それぞれ命を全うしているもの同士、ものすごいケミストリーがおこると思うのです。

ウキウキするしね!

そんな栄養をもりもりで、この地球で笑顔でいたい。

それが本望です。

なかったら生み出す!

田畑を耕し、米をつくり、電気、HAPPYな未来もクリエイション

だから決めたの。

わたしは今月パフォーマーに徹します!!!

だって、身体を動かすことが大好きだから。やるしかなくて。

音に身をゆだねるとしあわせで溶け込んで、気持ちよいから。。。

一番近日のスケジュールです!

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日にち:4/15(日)
じかん:1⃣11時くらい2⃣14時くらい
ばしょ:石川県金沢駅前

よかったら目撃してね!

ありがとう😊


 

おしだゆき