★”あの”中田と象に乗った話

 

みなさん

 

突然ですがどんな風に働いてる?
どんな形態をとってる?

 

パートタイマー?

フリーランス?

専業主婦?

サラリーマン?

 

 

いろんな働き方の形があると思うけれど
どんなところにいても
「心地よくいられる」
って重要だとわたしは思ってる。

 

わたしの場合は心地よくいられるにプラスして
「縛りなく自分であってOKな形態」
を最優先してる。

 

そうしたら虹色フリーダムな人生になってた。

 

 

どこにいてても
気軽に、気兼ねなく、気持ちよく、
何よりも自分らしく、

 

それでいて
それが仕事になっちゃうんならgoodだよね

 

 

気軽に、気兼ねなく、気持ちよく、

 

 

気づいたけど
全部の言葉に「気」が付いてる。

 

働くのって
どんな形態で働くかよりも
その時自分がどんな「気持ち」「気分」でいられるかが大切なんだ。きっと

 

 

 

(極端に話それますが)

わたし先月ゾウに乗ったの。

 

意外にもゾウに乗るのは初体験だったんだけど
これまた最高で
色々学んだよ!!!!!

 

 

象使いの彼は
「オレ ノ ナマエ ワ 中田」

 

 

どうみてもタイ人なんだけど
「オレ ノ ナマエ ワ 中田」って言い張る。

 

 

ずっとサングラスかけてたから
サッカー選手の中田を意識してるんだと思う。
それだけで面白かった。

 

 

でもさらに
通りすがり別の他の象使い(同僚)に会う度に

 

「あれ見て〜!おっきいち◯こ〜!」
「アイツの名前はアホォ〜」
「コイツの名前はバカァ〜」
「ほら見てう◯こ〜」

 

 

思いっきりふざけてる!!!!😂😂😂

 

 

「ち◯こ」「アホバカ」「う◯こ」
の3拍子って
まるで小学生低学年レベルの会話。

 

5割セクハラに近い言葉を吐いてるけど(笑)
カラッとしててそんな気は全くしなかったので問題無し。

 

あとは
過ぎ去りつつあるお笑いのネタオンパレード。

 

 

とりあえずわたしたちは大爆笑。
中田が発する言葉は本当に上記の言葉だけ。

 

 

最後にネックレスを売りさばいて
約20分程の象乗り時間終了。

 

 

彼はそんな調子で
きっと毎日毎日これを繰り返してる。

 

わたしは思う

これが完全なるノンストレスな仕事だ

 

やりたいようにやる
言いたいことを言う

 

それが彼にとっての最大のサービスだということ
そこに詰まりやなーーーんにもない。

 

つまりとってもシンプル。

 

こんなに下品に楽しくゲラゲラ笑いいっぱいに働いていいんだ(もちろん時と場合によるけどね)

 

 

勝手に背筋ぴーんとなっていたり
そんな緊張感を持つよりも

 

ゆるゆるでもいいんや〜
いやむしろその方が意外と効率よくいったり。

 

 

どんな仕事にも
恋愛や家庭やその他色んな場面でも
意外と重要なことだったりするかもしれないよ

 

 

だからね
もし今仕事や人間関係で悩んでいる人がいたら
ほんの少しだけ中田を思い出してほしい

 

 

 

どんな自分でもいいんだよ
こんなゆるゆるでも
人を笑顔にさせて幸せめちゃ与えてくれるよ

 

 

まだまだ自分の思考にフレームついてたな〜
と感心した
中田と象に乗車したお話でした!

★喉を震わす私の至福

 

肌寒い時期になると
ヨガクラス終盤にするシャヴァアーサナ時に
ブランケットをかける

 

生徒さんが自分自身でかけるときもあれば
私自身がかけにいくときもある

 

 

より丁寧に
肌に優しく触れていくように

違和感のないように

シワが出来ていないか確認して

顎や顔に触れてる部分がないかとか

 

先生であるわたしは
慎重にそれらをする

 

 

私自身も先生にしてもらったことがあるけれど

 

その包見込まれてる感って
本当に心地がよくって
とってもやわらかくって
マットの上に全身が溶け込んでいくような感じ

 

そのあたたかさとともに
自分の身体が溶けていく感じ

 

 

こんな
「包み込まれてる感じ」
は誰にでも経験したことがあると思う

 

 

人に抱きしめられてる時や
お母さんにだっこしてもらってるとき

 

巻き戻りすぎれば
母さんのお腹にいるときなんて
まさにその感覚を感じまくってるよね

 

胎盤という毛布にやさしく包まれてたとき

 

 

だから誰でもこの感覚は

 

生きてると
どこかのタイミングで憶い出せるはず。

 

何かにまぎれちゃって忘れてるだけでね。

 

 

ただ上記にあげた例は
物質的なもので分かり易いと思うんだけど

 

今回はこれよ!!!

 

音でも包み込まれてるのって味わえるの。

私は彼女の歌声を聴くとね

声でヨガをしてる って感じる

 

 

言葉ひとつひとつが全て優しさが広がって
その余韻でさえ空気がキラキラとあったかい
じっくり自分をみつめてる声色

 

やわらかい
やわらかい
何かに包み込まれてる安心感

 

「愛してるよ」
って自分に言いたくなる(笑)

 

言ってる。

 

 

みなさんには
そんな瞬間最近ありますか?

 

★毛から感じる人生の話

 

わたしにとって「毛」
これについては尽きる事なく話せる話題です。

 

25才の夏
自身の毛に驚きの変化(笑)があったのと
当時住んでいた場所が沖縄で
エステティシャンなど毛に感心の高い女性も周りにいて

 

あっなぜ沖縄女性が毛への関心度高めかって
それは体毛の濃い人が多いからです。
これは男女限らずで。

 

当時仲の良かった沖縄出身の友人の話では
沖縄女性は脱毛に行く人が多いらしい。
東京に次いで2番目に!(友人談)

 

脱毛に興味を持ち始めたのも
ちょうどその時です。

 

 

て話しておきながら
今回は白髪の話!(すみません・・・)

 

 

わたし30才ごろくらいから
白髪があります。
頭の右側に4本くらい。

 

不思議なことに
右半身のみに生えるんです。

 

おへその右側にも
一本の白産毛あります。

 

今年に入って気づいたのですが
右側のまゆ毛にも一本白髪が生えてきました。
(かわいいから残してる)

 

白髪が生えるようになって思ったのですが

 

白髪が生えると
まずそれを隠そうとするよね。
特に女性は多いはず。

 

もちろん放置して
気にせずに過ごす人だっていると思うけど

 

白髪の生えるお年頃になった私には
そのさまを見て学んだことがあります。

 

多くの物から(黒髪)
新しい何か(白髪)
が生まれると
人はその珍しいものを
一瞬は着目するけれど
排除しようとする。
もしくは覆いかぶせて無いようにする。

 

 

これって日本社会と似ていませんか?

 

 

例えば
ちょっとした変わり者(どんな奴だろう。笑)が
ひょこっと世間に顔を出して
キラっと才能を溢れさせたとしても

 

現代の日本の社会的に
「NG」項目にあてはまるもの、人、こと
そうだったとしたら

 

それらは
駄目・イケナイ・非常識
なものとして識別される。

 

そして隠そうとする。

 

 

世の中には
TVやその他メディアに出ていなくても
素晴らしい才能の持ち主がいっぱいいる

「これが正しい」
「これが美しい」
「こうするべき」

 

と多くのメディアが発信していて
さらにそれが良しとされてしまっている世の中。

 

多くの人はそれらを
当たり前だと認識してしまっている。

 

私たちが生まれた瞬間からそうだ。

 

それに沿っていないものに対しては
除外しようとする。

 

 

 

もし白髪が気になってるいる人がいたら
自身に問答してほしい。

 

 

それは白いからイヤですか?
人と違うから気になりますか?

 

 

 

わたしは
「白髪は美しいのだ!そのままにしておきましょう」
と言ってるわけではないよ。

 

そうじゃなくって、
一度《自分の目》でみてみるの。
自分の心で感じてみるの。
自分はどう感じるかを確認してみて欲しいの。
(白髪はあくまで例えであります)

 

あの偉い人がこう言ってるからそうしなきゃね
テレビでああ言ってたからこれはしないようにしよう

 

ではなく!!

 

 

わたしは今まで

世間の当たり前を
家族の中での当たり前を
何の疑問も持たず過ごしてきた

 

自分の意見とか、
自分はどう思っているのかとか、

認識しないまま、
認識する術も知らないまま、
なんとなーく過ごしてきてしまった

 

だから

 

「ゆきちゃんはどう思う??」

 

これ聞かれた瞬間

細やかな自分の気持ちをのべつつ、
周りの人がGoodとする回答を
用意していたようにも思う

「この事態はこっちにいったほうが皆がいいと思うから」

が頭のどこかで作動して
完全に他人軸の言動になっていた。

 

 

だからこそ
大人になった今
自分に問答する時間を設けるようになったのだと思う

 

自分はどう感じてるのか

 

それが分かると
本当はどんなことでも
自分で決められることに気づく

選択肢が広がることにも
歓びを感じられるし

そこで戸惑わず
自分の道を選択していける

未来が明るくなるよね。
自分の軸がはっきり明確になっていくから

濁りがないの。

 

するとさ
その明快さって
周りにいる人たちや
何なら天からも
発見されやすいんだと思う

 

すると

グッドタイミングでサポートしてくれる人が表れたり。
自分自身が
本当に生きたいと思うスタイルで生きやすい。

 

 

そりゃそうだよね。

だって自分は自分なのに

空気読みまくって
誰かの期待?その場の安心?
に繋げる行為してるんだもんね
ワンマン意味無しプレー。
自己喪失行為を自分でしてる。

 

 

そんな中でも自分が
「かっこいい」
「美しい」
って思うことやモノが

 

一般的に言われる
「非常識」なものだとしても
隠さずに大切にしていけたらいいよね。

 

 

 

そんな毛からの気づき話。

 

第2弾もあるかも(笑)

 

※一部極端な言葉もあったかもしれませんが
御了承いただけたら幸いです🙇

 

★ライオンズゲート、その先に【働き方の概念②】

 

世界の出来事で「死」を本格的に意識した瞬間からだろうか。
私にとって「生きる」という概念が変わってきたのかもしれない。(3.11です)

★ライオンズゲート、その先に【働き方の概念①】

で終わった前回の日記ですが
続きです!

 

 

②仕事の「仕」を
「幸」「志」にできることに気づき始めた

 

 

まず時間は有限であるということに気づいた。

 

曖昧に「ただ」生きるのを止めた。

 

何も考えず消費したりするの止めた。

 

 

そうしたら
手は自然に土を触っていて

 

私は東京という土地からは離れていった。

 

 

 

 

生まれてからの約25年間
地元を離れるなんて頭の片隅にもなかった私が

 

行きたいと感じたところに行っていい
誰に従うでもなく自分で決めていい
ということを知った。

 

野菜や米や果物
その他今まで口にしてきたあらゆる食料たちは
自分で育てながら生活をしていけることを知った。

 

 

今の状態になるまで
一部神経質&感受性&共感力強めなわたしは
手探りの中で色んな葛藤を抱えてたと思う。

 

そりゃあ精神的に不安定絶頂になり
気づいたら病院の中にいたり
置き手紙だけ家に残して
自分の感情も分からないまま
当時の恋人と逃亡したり(警察沙汰になりそうでした)

 

 

絶縁とか
生死のこととか
当たり前にいた家族のこととか
自分の命についてとか
誰かの命についてとか
地球で起きてることとか

 

よく分かっていなかった
ただ当たり前に思っていた世の中の仕組みにも
目を背けず向き合った。

 

 

その時はその時で一生懸命で
生きることに必死だったわけだけど

そういう経験があったからこそ
気づけたことは結構あると思う

 

誰にでもあるよね。きっと。

 

 

 

話が逸れたが
様々な経験を経ての結果

 

「仕事」を「仕」で生きていくことは
わたしには無理だったし

どうせ生きれるのなら
「幸事」「志事」をしていたい

そうできるんだということに気づき始めてきたんだと思う。

 

=自分を生きる

 

ということだ。

 

 

 

この世の全てが幻想だという話がある

 

もしそうなら

その幻想期間中

 

わたしという一人の何者かが
地球上で愉快に生きて生きて生きて
一生を遊ばせてみたい。

 

そして周りにいる人たちが
癒されたり
こんなに自由でも生きていけるのか〜
なんて思ってくれたり
何よりも笑顔でいてくれたら嬉しいな。

 

 

今ひとつのプロジェクトが動き始めていて

ライオンズゲート中に
大きなご褒美をもらった気がする。

愛しかないよ。

 

またここで報告させてください^^

 

★ライオンズゲート、その先に【働き方の概念①】

 

みなさんはライオンズゲートというものをご存知ですか?

 

その日は8/8なので、
もう過ぎているから
知らなかった人は今このブログを読んで
「あ〜そうだったかも〜」
って共感する人もいるかもしれない。

 

▼説明下手なので参考のページ▼
https://amaterasu49.media/archives/10762

 

そういえばシェアメイトのリンシーも8/7あたりに
「夜中に涙がでてきて、理由は分からないの」
「昨晩はすごく感傷的になってたんだ」

って話してくれた。

 

その時はちょうど満月だったから
きっとそれだよ〜
なんて返答していたけれど、
もしかしたらライオンズゲートの影響も大きいかもしれないね。

 

それでそれで

今回は自身が把握するお金の概念について
夜中ビッチリ頭に浮かんできて

きっと朝になったら忘れてしまうだろうと
もくもく起き上がりメモしてみたんだけれど

だんだんと「仕事」の話題に傾いてしまったので
そのまま続けようと思います。

 

①仕事が「仕」時代

 

今まで働いてきて
「楽しい!」「やり甲斐あるなー」
なんて感じたことはほぼない人生を送ってきました。

 

人一倍人の顔色うかがったり
感じ取ってしまったり
深読みしてしまう

 

そんな私にとって今までしてきたアルバイトは
「苦しい」「悩む」
そのことの方が数倍多かった。

 

それは当たり前で
雇われるということは
決まりを守ることが前提だし
会社理念に忠実になることが第一。

 

そうなると
変にクソ真面目な私は

「しなくちゃいけない」
「守らなくちゃ」
「怒られないように」
「一生懸命やる」

 

これらが基本になって
「従うこと」に必死になってしまう

 

力を抜くことなんて知らないので
視野広く大きな森は見えず
目の前の木しか見れない性質。

 

ただ一生懸命にやってると
返事だけは大きいし(笑)せっせと動くから
「出来る子」
って見られがちだけど

 

先読みしすぎてヘマしたり
変に人の表情や言葉を気にして
フライングして早とちり。

 

そんな感じで当たり前のように
そして不器用に「仕事」をしてきました。

 

今振り返ってみても

あ〜本当に合っていなかったんだね(笑)
そうだよね、いつも悩んで母に相談していたよね。
細かいこと気にしすぎて翌日の心配したりね。
そんなのしょっちゅうだったよね。
バイト仲間と「イエーーーイ!」なんて遊びや飲みに行くことなんて
ほぼなかったよね。
あんなに飲食店で働いていたのにね。
居酒屋、カフェ、喫茶店、コンパニオン、派遣等々
ありとあらゆるしたアルバイト歴。
でも仲間と働けて楽しい〜!
なんてできる心の余裕もなかったよね。
でも必死にがんばっていたんだね。すごいね。

 

と今のわたしが思う。

 

そんなのが当たり前だった私だけど

 

今では職業「じぶん」を生きてると最近思った。

 

職業じぶんは
企業や会社などに属さず
基本自分一人で活動して
生計を立てていること。
チェンジしているっていうことは
それまでにじゃあ何があったの?
ということになるけれど

 

端的に言うと

世界の出来事で「死」を本格的に意識した瞬間からだろうか。
そこから私にとって「生きる」という概念が変わってきたのかもしれない。(3.11です)

 

 

 

▼2⃣につづく▼

★ライオンズゲート、その先に【働き方の概念②】

★素直体質

 

 

花は咲く

 

うつくしい!

 

美しい!!!

 

 

ただそれだけ🌻

 

それだけで美しい。
それだけが美しい。

 

 

太陽がでれば
歓んで上を向くし

 

日が沈んでから
元気になる花もある。

 

 

素直でよろしい。

 

 

人間は
本当の気持ちはそっちじゃないのに
反対のコトを言ってみたり

する。

 

それはそれで
人間という性質として面白いけれど

 

素敵なものや人や景色をみて
素直に

「すてきね!!」

と言える人は
明快で美しいと感じる。

 

 

おはよう☀
今日とゆう1日に
何の予定もないけれどワクワクしてる。

★パリでバスキング【感じる、想う、色々】

 

パリで2回目のパフォーマンス。

 

 

すごく反応が良くて、
トータル40分くらいのパフォーマンスを
ある人はビルの最上階から
ある人はお散歩の途中で
ある人は最初から最後までを
色々な人が観てくれた。

 

パフォーマンスが終わると
「君の動きはこれだねBUTOH(舞踏)!」
と舞踏の記事を見せてきてくれたり、

「田中泯って知ってる?それを憶い出したよ。」
って言われたり、

「草間弥生(なぜだ。笑)だね。これはコンテンポラリーアートなの?」
と興味を持ってくれたり、

 

色々な国の人たちが声をかけてきてくれる。

 

 

アフリカ系の人は
その場で拍手してピュ〜〜っと口笛を鳴らし
声援をくれる人が多くて

 

フランス系の人は
「うんうん。とても良かった。感動したよ。」
としみじみ伝えてくれる年配者多し。

 

中華系インド系の人は
ファッショナブルな若者がやってきて
「これはどういう意味だったの?なんで泣いていたの?」
と意図を問う質問をする人が結構いた。

 

コンテンポラリーアートに興味のある
若い女性からも結構多く声をかけられた。

あっあとカメラマンも面白がって撮ってた。

 

 

わたしが行うパフォーマンス

それらが果たして踊りとよべるのか
奇抜な変態のストレス発散なのか
演劇的なものに見えるのか

実際のところ
自分でも何なのか分からない。

 

それでも
私の命燃焼中の身体を観て
面白がってくれたり
自分の何かとリンクさせて涙してくれたり
深く考えて解釈に努めてくれたり
そうやって

心で「何か」を感じてくれていること

 

その様子を直で味わえることが
とっても嬉しい。

 

「観てくれる人がいる」

これって本当に有難いことだよなあ

って思う。

 

それだけで十分に
満足を感じられます。

 

ありがとう。

 

今日もありがとう!!!!

 
本当にそう感じる瞬間と
思い出と
過去と
その瞬間と
たった今

です。

★認めてしまえ!!!

認めてしまおう。

わたしってやつはとっても神経質だということを。
極端に潔癖な時があるのにそうじゃないように見せていることを。
人に気を遣って
なかなか本当の気持ちを出さず遠慮をすることを。
何か言ったあとは後になって
相手に誤解を招いてしまっていないかな?
不快な気持ちにさせてしまったかな?
なんてものすごくクヨクヨ引きずってしまう
そしてそのまま鬱っぽくなることを。
それらは弱さでも異常なことでもなく
ただわたしだとゆうことだ。
誰もが持っている様々な性質の中で
自分の歩んできた環境やもともとの性格で
ただそこが顕著に表れているだけのこと
そんな自分に気づいて
認めてしまうことは
自分であって
自分じゃないようで
少しだけモヤっと違和感がある
でも
目を瞑って
「ちがうちがう、私っていう人物はこんなんじゃない」
って無視をするよりよっぽど
真実をカモフラージュせずに向き合うことは
それがどんな自分でもいい感じ。
だから全部を見つめて
認めてしまうことにした。
恥じらいもしがらみもなく
すごく明快で気持ちいいよ。
 

★行動から見える心や人格【Jonnyのヨガ③】

 

私は2日に一回のペースで
近所にあるAnanda Yoga Centerに通って
アライメントヨガクラスを受けている。

 

担当してるJonnyのクラスでは
毎回レッスンのテーマが決まっていて
びっしりとノートにその日にやることが丁寧に書かれてる。
(私はいつも一番前のセンターで受けるのでチラ見した。笑)

 

さらに
ノートが風でめくれないように
自前の石(重り)を用意していて

 

Jonnyがその石でノート抑える所作が
なんて丁寧なのだろうと
感心してしまうほど品がある。

 

 

世の中には様々な職種があるけれど
人前に立つ仕事になると
少なからず”見られる”のが前提になるから
その上で意識することが結構あるように感じる。

 

例えばヨガの先生だったら
ヨガクラスをする際の格好や
ティンシャやその他ヨガグッズの置く場所だったり
誘導の際に使う言葉や
マットの配置やサウンドや何から何まで
色々気を配る点がある。

 

けれど
そういった意識的に行うものとは反対に

その人自身を表すものって
無意識にする所作や行動の中から
出てくるように感じた。

 

 

あなたは普段どのような言葉を使っていますか?

あなたはどんな行動癖がありますか?

無意識についてる思考癖などありますか?

 

なんて
ヨガレッスンからでも
日常にリンクして考えられる事柄が沢山ある。

 

 

ちなみにわたしの場合は
話す時に前置きが長くなっちゃうとか(笑)
言ったことすぐ忘れるとか(涙)
方向音痴で道に迷うと先が考えられず帰宅できなくなって自滅の方向へ進み全てがどうでもよくなるとか(爆)

 

時に情けなくなるような
自分の持ち合わせてる性質がいろいろあるよ。

 

 

Jonnyのマメな男っぷりが滲み出る
ヨガノートから感じた
今日のクラスでした◎

 

 

 

タイのパンガン島で最高に素晴らしいヨギーと出会い
彼のクラスを通して体感した身体感覚
心の動きなどをブログを三本建てにしました。
どうぞご覧下さい☆

▼パンガン島でのヨガ記録▼
★YOGAは心をのぞくこと【Jonnyのヨガ序章】
★パンガン島で最高の出会い【Jonnyのヨガ①】
★お尻を開けば心も開く【Jonnyのヨガ②】

★お尻を開けば心も開く【Jonnyのヨガ②】

 

今日も受けに行った
Jonnyの朝のヨガクラス。

 

今日の内容はヒップオープナーで
いつも通りJonnyはめちゃ丁寧に
アーサナの解説をしてくれた。

 

よく
「胸を開くと心が晴れやかになる」
というけれど

 

ヒップを開いても十分に心がひらく!!!
↑これ自分の中でかなり良い発見

 

 

ヒップオープナーのアサナを行う前にした
股関節へのアプローチの数々も効果的で
アーサナの完成度を高めてくれた。

 

どのアサナもそうだけど
最終ポーズに繋がる前段階のカラダへの意識って
とても重要。

 

Jonnyのレッスンを受けて改めて実感できました。

 

 

実は毎回Jonnyが伝えてくれる言葉
私はほぼ分かっていない。

 

Possibility Benefit
くらいしか聞き取れなくて(大丈夫か私の英語力!!!)

 

だから初めは
誘導の言葉を「理解しよう」
と頭の中を忙しくさせていた

 

けれど途中でもう一人の私が
「考えなくていいよ。感じるだけ。」
と指令が出てきて

 

そこから私は
ほぼ聞き取れないJonnyからの言葉に
感じることを徹底してみた。

 

もちろんレッスン中は
少し周りをうかがいながらにはなったけれど
それでいいのだと思った。

 

感じることに重きをおいて受けた
朝のJonnyアライメントクラスは

ほのかにすがすがしく
私に良き心を与えてくれたように思う。

 

 

私たちって
感じること
どれくらい出来てるかな?

カラダの声を
どれくらい聞けているかな?

脳の動きを完全停止させることは
無理に等しいけれど

でも本当に”感じる”をできたら
“感じる”に目を向けられたら

本当の自分の気持ちに出会うことができたり
より純粋な状態の自分に還れて

少し手放す物も多くて
怖いが出てくる人もいるかもしれないけれど

 

それはそれは
ウキウキで
本当の自分にとって
最高のプレゼントで
最高の行為だと思ったよ

 

言葉を理解できたら
尚よいものだけど

わたしは当分ここで
「感じる」
をたっぷりとしながら
ヨガレッスンを受けたいと思います。

 

とにもかくにも
今日ヒップオープナーで解放された
股関節や子宮周りの快適さがたまらない☆

 

 

素晴らしい朝の時間を
どうもありがとう☆

タイのパンガン島で最高に素晴らしいヨギーと出会い
彼のクラスを通して体感した身体感覚
心の動きなどをブログを三本建てにしました。
どうぞご覧下さい☆

▼パンガン島でのヨガ記録▼
★YOGAは心をのぞくこと【Jonnyのヨガ序章】
★パンガン島で最高の出会い【Jonnyのヨガ①】
★行動から見える心や人格【Jonnyのヨガ③】