不得意の中のキラメキ

 

人が困難の中から何かを生み出そうとしている姿って

すごく魅力的だと思っています。

 

本人にとっては苦手なことだとしても

それに真剣にトライしていたら

その姿って

滑稽にみえても浮ついていても

もどかしさが表れていても

 

その姿が

すごく貴重なものに感じる

 

 

トライ&トライ&エラー&エラー

&リアライズ

 

近頃は

身体表現とゆうツールで

他者や何よりも自分と向き合っています

すごく面白い作業だ!

色々更更更新

 

ホームページが今年からちょこちょこと更新されています。

 

 

お気に入りだったこのトップ画像ともさよならして、
(今はSHOPユキノコドモでのトップ画になっています♬)

今は去年出演したfunky summer liveのスライド写真になっています。

 

私の頭からアイディアがでると

その度にデザイナーさんに伝えちゃうもんだから

今は若干統一性のないホームページになっちゃっています。

ですが、この我がままな私の要望に応えようと頑張って作ってくれているデザイナーさんに大感謝です。

 

コンテンツもSHOPVIDEOが増えました。

今年から販売開始したポストカードや
今までしてきたパフォーマンスの一部を載せています。

実際私はヨーガやダンス等肉体を動かすことを主にして生きている人間なので
WEB上の文章だけだとどんな雰囲気なのか分かりづらい面があると思います。

だからビデオで少しでも雰囲気が伝われば嬉しいです。

 

これからも新しいビデオや絵(今描いてる!!!!)を増やしていく予定なので
どうぞお楽しみください☆

よろしくお願いします^^

 

 

右や左について

 

身体の右半身に起こる現象と、左半身に起こる現象

今までいろーんな違いがあった

 

最近気づいたことは

右から流れる涙は至福の涙。

左から流れる涙は痛みや辛さの涙。

 

瞑想中にこの上ない幸福感であふれるとき

ツターと涙が右目から流れて頬を伝う。

電車やバス等の乗り物酔いで苦しんでいる最中は

左目から涙がこぼれ落ちる。

 

不思議。

 

 

なにか意味があるのだろうか。

生物学的な観点からの見解があるなら面白いな〜

しかも自分が感じていることも対局な状態だからなおさら

 

涙が頬を伝っていく感覚って

ほんとうに繊細で細くてやさしい。

 

内に入ったり外に出したり。

 

いろんなところで私たちの身体はバランスを取っている。

 

グラグラでフラフラでもいいけれど

ちょうどの真ん中。

中庸がとれたときって

一瞬で目の前にひろーーーーい湖が広がっていくような

思考や感覚が消えて

自分の重力もきえて

すべてが平等になっていて調和なんだと思う

 

 

 

右左

上下

前後

 

真ん中にもどろうとする行為は

意識しなくても自然にしているみたい

人間とゆうものにあっぱれ。

スプタバッタコーナアーサナがしたかった

 

「スプタバッタコーナアーサナがしたい」

って感じる瞬間がここ2週間で何度もあった。

 

ボルスターを使用してもいいし、

ブロックを2つ使ったのでもいいから

胸の真ん中が、ぐーんっと空のほうに突き上がるように

縮まった(ような感覚になってる)胸回りを

やわらかーく伸ばして解放させたかった。

 

自分への時間は自分でしかとらすことはできない

時間をつくるということは

本当に大切なこと

 

 

ダウンドッグでもシャバアーサナでもなく

重力にこの身全てをあずけて

さらに下の方へと身が沈んでゆく感覚。

 

力みを感じる

顔のこわばりを感じる

首回りのつまりを感じる

 

呼吸をして

それらをほどいてあげる作業

 

自由に解放された身体をちゃんと感じたかった

自分の中心に戻りたかった

 

 

ほんのささいな心の意識が

自分自身へ親切にしてあげる

話を聞いてあげる

その行為は、感じたことを受け流さずに

拾い上げて見つめてあげること

 

このちょっとが

本当にたいせつなこと

ぜーんぶ受け取るのだ。

 

自分の身の回りに起こるさまざまなこと、

それは全て今の自分に置いて必要なこと、心の状態、

それらが反映されているのでしょう。

 

時に、

なんじゃこりゃーーー?!?とか、

嫌嫌嫌〜!!!!(って思ってるのなぜ私笑ってるの〜?!)とか、

自分の反射的反応に困惑することもあるかもしれません。

 

ですが起こった現実を

「現実はこうなるべくしてなったんだわ。カルマねきっと。だから受け入れる。受容、受容、よし。」

なんて無理にLET’S肯定フレーム(と呼んでみました)におさめる必要は緻密もありません。

 

思いきり、

ギャー!なんで〜!!もう〜ゔゔゔゔゔ〜〜〜〜

と、とことん感じきってしまって、
(そのとき、汚い、良くない、私らしくない、って感情がドバーって出てくるかもね!)

その最中でも、その後でも、

「そうなっている自分がいる」とゆうことを

「ほうほう〜ふむふむ〜」と地球を宇宙から双眼鏡でのぞくような感じで見つめて、

そ・ん・な自分自身を受け入れてあげてね♡

(↑わたしはこれらを感情を感じると同時にしている。ゔゔ〜ぎゃ〜ってなってる自分がいるのを斜め上の彼方から肉体じゃないわたしが見つめて、「ふぅ〜ん」ってしてる)

 

自分が↑それ↑をできなかったらとても辛くて苦しいよ。

だって、私が一番の理解者で近しい存在で心で肉体だから。

 

もし出来事に対して反射的に出てきた感情やコトバ等に
一度歯止めをかけてしまったら、
それか後にしようって止めてしまったら、
そのとき出ようとした新鮮な思いはどうなるの?

思いは綺麗なものばかりじゃないよ。

相応するように、
醜いと自身が判別するものもあれば、
とりとめのない執念のようなものだったり、
ベトベト&ドロドロなものもきっとあるよね。
人それぞれ。本当にそれぞれ。

 

感情にカギをかけて、
見捨てて歩き続けてしまったら、
迷子になって日が暮れて少し風邪もでてきてぶるぶる震えて寂しくなって行く宛もなくなって電柱の柱に体育座りでうずくまってシクシクしている幼少の子みたいやもん。

そんな子をみかけて、近づいて、目をみて、話をきいて、心の歩み寄りを感じて、「頼るのはあなたしかない」ってゆう悲しそうな瞳でみつめられて、ぎゅって手を握ってお母さんを一緒に探すか何かするでしょう。(おせっかいなわたしはしてしまう)

そんなように、多分あなたと(BODY)女の子(SOUL)

手を取りあって、歩いていけたらいいね。

 

そうしたら外側が冷たくっても、握った手と胸の中は本当にポカポカであったかいと思う。
happyというおまけ付きで。

国際ヨガデーin岡山

 

ものすっごーーーい素敵なヨガイベントYOGA MUDRA

もうかれこれ企画したのが2015年ですから3年前!


懐かしい写真が出てきた・・・・

 

初めは姫路と兵庫と東京の3カ所だけだった気がします。(その他開催の募集を募り、数十の地域で同時多発に開催したヨガムドラ!)

その中で私は姫路を担当して色々とアクティブに動いていました。

 

それからかれこれ数年の2018年は

岡山のしなやかな頭脳と愛の真心のヨギーニななえさんからお声いただき講師としてクラスを担当させていただくことになりました。

ななえさんもとってもアクティブな方で

今までは姫路のムドラに講師で出演してもらって

チャクラヨガやキールタンをしていただき、とっても力強い信頼のおける存在でした。

本当にいいクラスをしてくれて

参加者さんに大好評だった♬

 

そんなこんなで私は今年姫路と岡山の2カ所でクラスをさせていただきます。

目的はただひとつ。

「ヨーガを日常に」

ヨーガのもたらす効果はとても絶大です。

ただ、それは一瞬で感じ取れるものではなく

人生のながーい道のりを一緒に歩んでいく中で

様々な気づきや発見がヨーガに繋がる醍醐味。

 

だから一人でも多くの人に

ヨーガのある生活

身近な存在になることで

より暮らしを心地よく

それぞれのボディの素晴らしさに気づく

そんなキッカケになってもらえればいいな。。。

とゆうシンプルな思いで続けています。

 

 

上手く言葉にできませんので

各地で伝えてくださっている素敵なホームページで詳細を見てみてくださいね^^

6/21よきヨガの日を💗

http://yogamudra.jp

https://yogaday6-2.jimdo.com

【さようならのお知らせ】

 

おはようございます。

この度、11月30日を持ちまして、今拠点としている兵庫県を離れることになりました。

下記、話が長くなりますが、お付き合い下さい。




初めて姫路に来たのは、今から5年半くらい前でした。

ヒッチハイクで伊勢から熊本を目指している途中に、トラックの兄ちゃんがまず降ろしてくれたのが姫路との出会い。

そこから私は、かなりの強運とご縁に恵まれ、1日というスピードで無事に熊本へ行き、その後は沖縄に行ったり、京都行ったり。

最終は伊勢に住み始めました。

伊勢では「この人たちとだったらずっと一緒に、安心して息をしていられる!死んでもいい!」と、大げさだけど、本当にそう思える仲間と出会い、移住を決意。

それからかくかくしかじか、うじうじもりもり山盛りな出来事があり・・・・

沖縄で出会ったヨガで、KAYOさんと出会い、2013年にヨガの仕事で伊勢から姫路へと拠点を変えることになりました。

平屋に住むことに憧れがあり、おんぼろの平屋に一人暮らし。

念願の畑とも出会い、そこから数年網干の畑に通う日々が続きました。

車で40分と、少し遠かったけれど、そんなの全く気にならず、早朝や仕事が終わってから、真っ先に畑に向かって、土と触れ合っていました。

有り難いことに、友だちもいっぱい遊びにきてくれた!(10人以上!時には東京から、スイスから、伊勢から。)

 

姫路に来てからヨガスタジオfoocaに通い、パチパチと事務作業から、ヨガインストラクター養成講座のお手伝いなど、ヨガ業務全般に関わらせてもらいました。

大阪、神戸、東京、バリ島・・・色んなところへ行ったな〜

今まで大学を卒業してから社会人になったことがなかった私。

何の基盤もなかった為、やることなすことが新鮮で、時に大いに戸惑い、悩み、起こった物事をどう処理していいのか分からず、葛藤していた時期もありました。

そんな感情に飲まれまくっている自分にも気づけなかった。

一緒に仕事をしていたKAYOさんには、たくさん迷惑をかけたと思います。

ヨガに囲まれた環境の中で、自分では気づかないくらいの、すごく良い経験をさせてもらいました。

  
 
(ヨガの思い出走馬灯いっそうまとめ)

 

それでも仕事をしていく日々の中で、「本当に私のしたいことって何だったけなー・・・」これをいつも考えるようになっていました。

そこから、ヨガ(仕事として間接的に、日々のプラクティスとして直接的にも)を続けていくうちに、さらにボディの可能性を探りたいと思うようになり、ダンス留学を決意しました。=退職

ダンス留学のことはここでは割愛しますが、ダンスを本格的にしたことがなかったわたしにとって留学期間は、怒濤の日々でした。(歯は何本も折れたし、生理も9ヶ月止まった。)





ダンス留学を終え、わたしは結局兵庫に戻ってきた。

戻ってきてからの数カ月間は、自分でも驚く程(漫画にでもなれそう)気が滅入るような出来事があり、移住を数回繰り返してきました。

終いには「家に住む」という感覚すら分からなくなっていました。

結果、仮暮らしでもお家に住んでみよう。ということになり、姫路から少し離れた地域に住むことになりました。

それからは、有り難いことにヨガインストラクターとして活動。

今思えば、独身で、一人暮らしで、ヨガのイントラ一本で生活しているってきっと珍しいんだよな〜と最近になって気づいた。

でも出来ちゃったんですね〜これがまた。

 

今思うのは、私は形式的には「インストラクター」だったかもしれないけれど、実はそうじゃなかったのかもしれません。

私は、いつでも”私”で、そこに来てくれている人と、心で会話をしてきました。

私の場合、人と関わるツールとしてヨガがありました。

だから、ヨガを教えたくてイントラをしていたのではありません。

ただ「私」として接していた。後半のレッスンは、そんな感じです。






ご縁あって、今年の12月には兵庫を発ちます。

ボディの探求、やっぱり大好き。

人と笑顔で接している瞬間、大好き。

これからも、今以上に世界観をひろげて、地球にやさしいわたしでいたい。
平和な楽園をつくっていきます。

 

人生で、2番目に長くいた場所兵庫県。

本当にお世話になりました。

たくさんの素敵な人たちと出会ったよ。

(27、28、29才の記憶がほぼないんだけれど)

本当は一人一人にお礼を伝えたい。まだ数カ月あるから、会えそうな人は会おうね。

 

本当に幸せだったな〜。なんて幸せ者なんだろうな〜。

いつでもハチャメチャなわたしに付き合ってくれる友人。生徒さん。ご近所のおばちゃん、もういーーーーっぱい。

大好きです。

だから、離れても、ずーっと大好き。

心からありがとうございました。

 

 

2017年9月20日
おしだゆきより愛をこめて

 

 

わたし

 

わたしは自由でいたい。

自由がすきだ!

そういう生き方で、平和な心で生きていく。

そう決めました。

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時間や決まりに縛られない

触れて、食べて、聴いて、観て、感じて、

わたしの感覚で ”いい!” と思ったものを肌身に。

メディアの情報にはとらわれない。

だから、いつでも感性をよくして笑っていたい。

泣いたっていい。怒ってもいい。

感情はわたしが生きている証拠。

“めいいっぱい味わう。”をしたらいい。

苦しい気持ちや、どうしようもなくって悔しくって拭われない想いも

神様からの「わたし」を体験するギフトなのかな、って思う。

今はそんな環境に「ありがとう」は言えないけれど、

いつしか感謝の気持ちでわたしの心が満ち満ちあふれ、

周りの仲間と、大好きな家族と、笑顔で日々を丁寧に暮らしていきたい。

わたしの未来はキラキラ輝いている。

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今なぁんにもしたくない、わたしより。