なんにもない日

 

世間は土日祝日といったら、お仕事がお休みなので、外に遊びに出かけたり、イベントに足を運んだりしてる。

わたしは自由人なので、土日祝日なにも関係ない。

今日はいろんなところで大きなイベントがあるらしいが、なぜかあんまり興味がない。

今年に入ってまだ一度もイベントに行ってない。

話題になっていても、友人が足を運んでいるときても、出店しているときいても、そういえば自分はそこには行ってない。

迷う時はあっても、結果行かないってゆう選択をしている。

人が苦手なわけでもないのに、なぜだろうと思う。

面白いくらいに、ただ過ごす。ことをする。

お日様が楽しそうに顔を出している日だけは、洗濯をしたくなって、外に干す。

今日なんて起きてから、ゆっくり何かして、いつものプラクティスはしないで、

お昼ごはんつくって、カフェにいって、コーヒー飲んで、帰って、ご飯たべて、

顔洗って、おしまい。

近所のおばさんが野菜をわけにきてくれて、わ〜いって少し会話したくらい。

 

こんな日が続いていくと、たまに遠方から友人が遊びに来てくれることが奇跡的に感じるようになる。

(決して今が不満足というわけではないよ)

普通を、普通に、ただ、ただ、過ごしている。

丁寧に生きる、練習をしているようだ。

こんな人も世の中にいるから、何か予定入れなきゃと焦っているみなさん、安心してね。

be happy

Love the life you live. Live the life you love.

ー自分の生きる人生を愛せ。自分の愛する人生を生きろ。

朝から大好き!って感じる言葉に再会した。

Bob Marley やっぱりあなたは偉大です。

ことば

 

大好きな人に、「だいすき」を伝えられるしあわせ。

今日も生きていることに、ありがたさを感じます。

 

「おはよう」

「いってきます」

「ありがとう」

 

単純でかわいい言葉と、会話たち。

今日も息をたくさん吸いこんで、胸もお腹もいっぱいです。

チャクラワークその後

 

チャクラワークTTCを終えてから、兵庫に戻って一週間くらい経った。

少しだけ自分のヨガのクラスに変化が起きています。

「全部吐き出して〜」

「フゥ〜〜〜(吐)」

という言葉が増えた。

次のアーサナにとりかかる前にシャバアーサナを入れて生徒さんが身体で感じる時間を入れてみたり。他にも少々。

これらは意図的なわけではなく、自然とこういう傾向になった気がする。

自分自身で「大切なんだ」と体験したからこそ、周りにいる生徒さんにもシェアしたいという気持ちが出てるんだきっと。

しっかりと最後まで息を吐き出すこと。

ちゃーんとリラックスしてそれを味わうこと。

本当に大切なことと思う。

さらに、私自身も、帰宅して何か取りかかる前にシャバアーサナ。

どーんとマットの上に寝転がり、外に向いていた意識を、自分に向けてあげる。

身体がふわ〜っと力が抜けてゆるまる瞬間をただただ感じてある。

大事だよ。って伝える作業。

これもまさにご自愛。

すごくささいなことと思うけど、ささいで微細で幸せ。

まだ自分の身に染み着いたばかりのことをアウトプットするのって、果たしていいことなのか、どうなの?!と思われがちかもしれないけれど

私は少しでも忘れないうちに心地よく感じたことの「今」の瞬間は純度が高くて、伝えることとしても鮮度がいいし伝わりやすいって思ったから、シェアしている。

それでいいと思う。(ことにしている)

今日もまたいい空間で過ごせました。

どうもありがとう。

 

地域に属してる

 

例えその言葉が、

謙遜だとしても、もしくは本音だとしても

相手からのネガティブな言葉を受けた時、同調しようとはせず、わたしは超本音の言葉で返す。

『とっても素敵な顔をしている!とびきりいい!!!!』

思ったことを素直に口に出す。

日常の中では、「自分」という視覚的認識を、ほぼ写真や鏡で行い、それが時に客観的に見つめる方法になる。

けれど、それが「本当に自分?」かと問いただしてみたら潔く「Yes!」とは言えない。

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先日のヨガムドラでの写真を現像して、ヨガ教室の生徒さんにお渡ししたら、とっても喜んでくれたのですが、「シワが〜」「目がたれてる」「幽霊みたいだわ」とか言うのです。

もちろんそう見えたならそれでいいとは思うけど、

マイナスのイメージなことばかり言うものだから、わたしが思うように思いっきり褒めてみました!

『とっても素敵な顔をしている!とびきりいい!!!!』

だって本当に素敵なんだもん。

 

わたしはとっても恵まれている。

今住んでいる地域には、わたしを守ってくれる人がいる。

ヨガを通じて出会えたことを誇りに思う。

ありのままでいて、心をゆだねてあずけてしまう。

そうしたら全てオープンなマインドでどんなことでも快く受け入れられる。

いつでも叱って正してほしいし、そのままで居てほしいと思う。

 

 

人生の大先輩に、わたしは愛されているのだ。

最後の断捨離

 

今自分が暮らしをしているのは6畳の畳部屋。

この部屋の1.5畳を支配しているベッドとさようならをすることをさっき決めました。

なぜならヨーガをしたいから。

トキメク片付けしてビックリするほど物を減らしたけれど、まだまだこんなところに残っていた。

伊勢からこのベッドと暮らして4年くらい。

誰よりもたくさんの場所へ一緒に旅したね〜

どうもありがとう☆

福岡も終わりました〈ヨガムドラ〉

あ〜愛しの福岡でもヨガムドラが終了しました。

あきちゃんとアルヴィンさんとのコラボムドラ。

オーガナイザーのあきちゃんは、さすが毎年開催しているだけあって安定安心のヨガクラス。

前半にあきちゃんのアクティブクラス。

後半はわたしのゆるゆるクラスで行いました。

そこにサウンドナビゲーターのアルヴィンさんのナイスサウンド。

もう心も身体もうっとりの絶頂幸せ空間。

あきちゃんのクラスは、プロップスを使用して身体の今どこがどう伸張していて、どう動いているのか、とても分かり易く身体にアプローチしてくれるから、やりがいがあって身体と思考がクリアになっていく。そんなところが魅力的。

アルヴィンさんは、私たちそれぞれの雰囲気やクラスの流れを汲み取る能力が素晴らしくって、もうそれはそれはヨガで体感するであろう感覚に相応しい音を奏でてくれた。

ほんまに尊敬&LOVEのすばらしきお2人です。

 

福岡のみんな、参加者のみなさん、どうもありがとう☆

 

ヨガムドラ姫路が終わりました〈ヨガムドラ〉

 

6/18

何の前兆もなく岐阜県から友人もきてくれたり、

わたしがトンチンカンなのを理解してくれている友人が自ら受付を手伝ってくれたり、

ヨガ教室に通ってくれている村の方が様子をみに来てくれたり、

6/18、全て一人でしようとしていたことが、結果周りの人たちにとっても支えられていることに気づく。

久々に再会したてのひらまつりの主催者NACOさんも、相変わらず素敵なものつくりをしていた。

参加してくれた35名のみんな、どうもありがとう。

ギフトエコノミー

みんなに広まっていくといいな。

 

真栄田岬の思い出

 

チャクラワーク最終日の余韻にひたりつつ、この人たちとの別れはなんの惜しみや悲しみもなく、本当に自然にすんなりとだった。
まるで沖縄のカラッとした気候のようにさっぱりしていた。

そのまま5年前ヨーガに出会った時に、少しの間暮らしを一緒にさせてくれた大好きなファミリーのもとへ。

そこはヨガと同時に脳内クレンズというサロンもしていて、その施術中やった。たまたまお客さんに遭遇して、チャクラワークのお話に。
彼の友人もわたしの持っていたchakraworkの教科書を持っていたみたい。
すごい。世界に羽ばたいているchakrawork

その話の流れで、解剖学のキーボー先生から教わったチャクラ手当の施術を彼に行うことになった。

頭頂に丁寧に指をあてて、場所を確かめ、じーーーっと。

施術後、「青空が広がった!」と感動してくれた。

感じ方は人それぞれだけれど、この感覚を共有できたことがとっても嬉しい。

この日の思い出は、大切にしまっておこうと思います。

ヨガを初めてから5年。

赤ちゃんから少女になっていたゆあは、本当に心が澄んでいて、とっても魅力的な女の子になっていた。

ゆりさん、ゆあ、どうもありがとう💓

ずーーーっと大好き〜〜〜。

うれしかったこと〈ヨガムドラ〉

 

今日来られた体験レッスンの方が、非常にヴィンヤサヨガを気に入ってくださった。

そこから話題は来週末のヨガムドラにうつり、フェイスブックページを見るなり、わたしの描いたトップ画像をべた褒めしてくれた。

今年のチラシは、フェイスブック用の画像だけで、刷ってたり撒いたりしていなかったからあまり人の目に触れることはなかったけれど、褒めてくれてとっても嬉しかった!!!!

イベントが終わったら、また絵を描こうっと☆

気づけばヨガムドラは1週間後にせまっていた。

そして、3年目にして、本当のホントウに”フリーイベント”になった。

お金でまわる経済も大事な場面もあるけれど、少しそれから離れてみて、それ以外の価値観で動いてみること。

6/18は、それを味わうのにとっても素敵な日になるでしょう。

「それ以外の価値観」というのは、まぎれもなく「愛」です。

愛に突き動かされて、純粋に、そのままを、楽しんでもらえたらいいな。

 

ありがとう∞