positive mental attitude

 

ピリオドうつのが人生のクセで少し好きみたい。

そこでの恐怖とか不安がいっさいない。

むしろ0になることがワクワクするし、

創造的になって ふっわーーってなる

 

すきな感覚があって、

それを探ったり、感じたりすることがすき。

 

 

また明日旅立つよ

発芽時期

 

今年に入って今まで以上に自分の本心と向き合い、

畑に自然のタイミングで種がまかれていきました。

その瞬間はどれも煌めいていて

大地にも太陽にも恵まれていたように思います。

抜群のタイミングです。

 

そこから必要なタイミングで発芽がはじまり、

花を満天に咲かす為の

さらに本心の核にせまる作業に移っているように感じています。

 

酷暑や極寒に耐える辛い状態もありましたし
そこから抜け出し
創作意欲が沸き上がるのを強く感じる場面もありました。

 

そんな日々過ごす中で
様々な感情に忠実に寄り添いながら
今も瞬間を生きている次第です。

そこに意識を集中してしまう為
報告?告知?のような後処理的なことができていなくて
発信したまんま

だから、これから数日間のブログでは
関わり、声をかけてくれた人たちと想像してきたものの
その報告を少しずつしていきたいと思います。

早すぎるかもしれないけれど

2018年なんじゃこりゃ〜っていう流れで
いろんなことがわきあこっていたよな〜〜
発芽がいろんな場所でおこなわれていて
そのエネルギーをわたしも存分に感じていたせいか
反応が強かったり弱かったりいろいろで(当たり前のことなんだけど)
間引きが必要な時期にしてあげられなくって窮屈を感じてたり

 

でも、それでも

ぜーんぶわたしなんです。

スピード

 

とことんどんくさいわたしは

1時間先のことでさえ計画を立てるのが大の苦手で

その計画性のなさにより

無駄にガソリンを大消費してしまったり

本当は必要の無い場面でお金を消費させてしまったりする

 

道に迷いに迷って結局目的の場所にたどり着けなく

トボトボ帰宅することもしばしば(常に車酔い)

これ小学生のすることみたい

 

これらは一般的にいうと「損をした状態」らしく

色んなことがすごくすごく遠回りです。

 

周りの反応から、私って損しているかな?と

そう自身の心に確かめてもみるけれど

自分自身ではあんまり感じない

損得で行動していないってこと

 

「そうするしかなかった」

この鈍った脳みそが下した決断が

一般では「超もったいないよ〜」といわれるのですが

わたしは

自分がしたこの決断や、状態を、

思いきり楽しみ、満喫ができ、たまに悔やんでいることでさえ、

愛しいな、 と感じる

 

情けないな〜なんて感じる時もあるけれど、

それでも事実を受け入れられてることに安堵の気持ちが芽生える。

もっと賢い生き方があるのだろうけれど、

苦しみが生まれてるわけじゃない。

 

そんな自分と付き合いながらやわらかい生活が今年から続いていて

そんな日々に関わりをもつ人たちに

余計愛しさを感じたりしてる。

至福の涙があふれることしばしば

なんてのんびり生きているんだろう〜

 

 

 

そんなことを今朝おもった。

欲望の塊

 

普通にヨーガの会社で雇われて働いて

その給与でオーガニックの野菜を買ったり

大好きな旅に出て行ったらいい

そして居心地よいアパートでも古民家でも借りて

好きな人と暮らしたらいい  はず

 

なのになのにわたしは

“なにか”

をしようとしていて

それで沢山ビジュアライズしてみたり

それと今との少しのギャップに

 

少し詰まっているような

そんな今

 

理想の状態があって

それを現実にしようと精神でしすぎて

こんがらがってる?

 

それでも

「それ」の状態に近づこうとしているのは

この世に生まれた宿命で

きっと自分の中で譲れない何かがあるわけで

 

こんなこと書くと

”手放したら開け放たれるよ”

”うまく物事が運ぶよ”

なんて言われてしまいそうやけど

 

でも、大事に歩んでいきたい、信じていきたい

信念があるから

それとうまく向き合って前進できるように

自分の本音を大切にしていきたいです

その上で社会にいても

るんるん〜とスキップしたり、ゆっくり気持ちよく歩いてもOK

そんな状態が望ましい

 

ふと気がついたけど

wantばかりのわたし

一番の欲望の塊は

まぎれもなく自分自身だった

 

もう少しだけ

風通しよく。

わたしの風穴をひろげておこう。

 

日々変容する

環境や人に

愛を込めて。

 

気象変化とともに

 

一番ゴチャゴチャしてるのは

わたしのこの頭の中だ。

 

ゴチャゴチャしていて

さらに後にクヨクヨするむかーしからのクセが

再来してきちゃった

 

クヨクヨは

うまく言葉が伝えきれなくて

誤解されてしまっていそう

ものごとを勝手に先読みして

他人に翻弄されてる自分

とかとか

ウダウダ悩む

頭の中がごっちゃごちゃごちゃごちゃ

 

 

そんなののループ

気づけば涙が目に溜まっていて

ふとした瞬間

ぽろっと溢れる

 

 

ぽろぽろぽろぽろぽろ

してる

 

ちいさいころに

戻ったみたい

 

記録

 

今のお気に入りの写真。

 

 

 

写真ってすごいね!!!

踊っている瞬間も気持ちいいけれど

そのとき記録してくれた写真を

後に見るのも、とても好き。

レンズ越しにこんな風に自分は映ってるんだ〜

ってさらに楽しく、気持ちが良くなる。

 

今はこうやって瞬間瞬間を写してくれた写真たちを

どうやって整理して保管しておこうか考え中

だって、あまりにも素敵なんだもの!!

 

ステージの上の絶頂③

 

7年前のがむしゃらなわたしへ

 

 

7年後の今も

あなたはステージに立って踊っているよ

少しの緊張と多めのプレッシャーを持ちながら歩んでいる世界にいるけれど

今あなたが「年上」「先輩」と感じて敬意を払って関わっている人たちは

今では「同志」という感覚のほうが強くって

自分の意志で相手を誘って、

すこーし客観性をもって

あるがままの状況を受け入れて

 

表現しているよ。

 

そのまんまで大丈夫だよ

 

暴走しがちな行動や
自分の考えさえ不明確になりがちで
突っ走ることしかできないあなた

 

そんな思考の整理整頓がへたくそなわたしへ

 

 

結局は

何年経っても

出来ることしか出来ないから

安心して

生きてね。

ステージの上の絶頂②

6年前と同じ衣装を着て、6年後のわたしもステージの上でに立っていた。

既存の曲をきて、詰まった喉で、そんな身体だったわたしも

ありのままの自分の身体で自分の表現をしていた。

誰かからの目線は、わたしを生かすエネルギーで

わたしは一つ一つの楽器へ感謝して、それを奏でる方達へ、全力で魂を燃やした。

全てはわたしの為で。

わたしの為に尽くすことが、全ての関わった命に繋がることだと確信しているから。

やる。出す。

+見る。感じる。

そこに緊張は必要なくて、以下に冷静にその場の空気と自分の魂を見つめられるか

あ~まだまだ生ききりたかった

わたしは彼らの魂が燃える瞬間に立ち会いたかった

沸かせたかった。

沸き上がりきりたかった。

時間を越えて、

ただ喜ぶ魂たちだけのセッション

永遠に続けよう。

大人は分かってる。

さようなら。

溶けて無くなるまで。

ステージ上の絶頂

 

どれくらいぶりに、照明を浴びただろう。

 

わたしの身体は少し緊張をしていて

この感覚、悪くない

わたしをわたしが試してる

楽しんでる

多分「緊張」と感じたのは

 

観客がいるからじゃない

ステージに立っているからじゃない

うまくやらなきゃという焦りからではない

理由なんてどうでもいいんだけど

多分そんな理由ではないような気がする

 

今からどんなに焦っても、

どんなにスキルあげて良く見せようと背伸びしても、

何かをどうしようとする心自体が

プレッシャーを生む

 

だから、ひとつ深呼吸をして

自分を信じる

これが

「自信」

それしか実はできない

 

わたしには自信がある

そのまんまのわたしを受け入れる自信

だから、何も怖くなくて

どういう現実がきても

それが結果だから

その結果があるだけで

それはどうにも変えられない

だから100%に生きるしかないんだ。

 

遠くに並んだお客さんの顔が

誰一人として知っている人がいないはずなのに

すごく懐かしく感じて

あっこの感じ

数年前とどこか似ている

 

演奏がはじまったその瞬間は

ステージ上に奏者がいるんだけど

わたし自身と勝負している感じで

感覚で対話してた

 

「もう少し深く呼吸して

落ち着いて

信じて

何にもせかされないで

 

魅せろ

魅せろ

魅せろ

 

わたしの等身大を

今生きてるのを

示せ」

 

そうやって

わたしがわたしへ伝えてた

 

低いステージの上でも

わたしは最高の絶頂にいた

 

絶頂は

スリルとリスクがあるけれど

眺めと体感は

この世の何もかもを超越するエネルギーで

快楽と生きてる心地を与えてくれる。

 

7月15日

また何かが始まった気がした

 

振り返ることなく進んでもう8月

 

です。

 

7月はパフォーマーとして、
ヨーガインストラクターとして、
アートモデルとして、
ダンサーとして、

息をした時間がたくさんあった。
生きてる実感がいっぱいあった。

 

その中でわたしというものは色んな表情をする。
きっとヨーガの時にでる笑顔と
パフォーマーの時にでる笑顔は
全然ちがうように思う。

 

悔しすぎて泣いたときもあった。
不甲斐なさで暗い表情にもなった。

 

ただでさえでかい目を
これでもかというくらい見開いて
わざと鬼神のような顔をしてみたときもあった。

 

さまざまなわたしの職業は
わたしというものを色んな形へと変容させ
より柔軟に素敵な可能性を引き出してくれる。

 

そんな風にさせてくれる周りにいるみんな、
いつもわたしを面白がってくれる人たち、
サポートしてくれる人たち、
新しく顔を合わし出会えた人たち、

そして、

感動を与えてくれた景色、
感動を感じさせてくれるわたしの身体、
感動の場面をクリエイトしてくれた人、

いつでも感謝している。

 

今月はどんな自分をクリエイトしていけるかな。