事故

 

今日はじめてバイパスで事故渋滞を経験した。

大型車の転倒。

普段15分くらいで行ける道を、1時間かけて向かうことになった。

結構大きな事故だったようで、後ろから何台も救急車と消防車がかけてきた。

トンネルの中で響き渡る救急車と消防車の音が、なんだか怖かった。

そんなことも忘れ仕事終わり同じ道を通っていくと、

「ウーーーーーーーーー」と消防車の音が聞こえる気がした。

耳をすましてみても、見当たらないし、あれ〜と思っていたら、同時に気づいた。

ただ身体が過去に経験したことを覚えていて、それを感覚として思い出していただけだった。

現実は事故もなければ、消防車も通っていない。

いわゆる幻聴だ。

身体ってすごいな〜

記憶ってすごいな〜

いい記憶ではないけれど、身体の賢さに感心した。

山口ななえという人〈ヨガムドラ〉

 

 

ヨガムドラの「心の声で唄おうキールタン」でリードしてくれる山口ななえさん。

岡山から来てくれます。

去年おととしと3年連続でヨガムドラ姫路に出演してくれている。

今年は岡山でも開催&主催するそうなので、ななえさんは私と同じ”かけもちムドラ”

実はまだ3回くらいしか会ったことがない。

風のようにふんわと、あたたかく包み込んでくれる雰囲気。

物事の本質をわかってくれているから、多分失敗したり、迷惑をかけることがあったとしても、それをそのまんまに受け止めて、いい風に変換することのできる人なんだろうな〜なんて思う。

ひとまず、彼女といると安堵感に包まれるのです。

今回の出演も風のように心地よい流れで決まって、ふわ〜っと岡山からやってきてくれます。

ただ雨降りじゃないことを願うばかりです。

ななえさんのクラス「心の声で唄おうキールタン」は15:00〜だよ〜。

体感しないと損^^といえるくらい、みなさまに必要不可欠な癒しと愛の時間です。

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ななえさん、どうもありがとう。

素粒子の感覚

 

わたしを構成するすべてのもの

ありがとう。

今日見た景色

ありがとう。

昨日かけてくれた言葉たち

ありがとう。

わたしを通り抜けた風

ありがとう。

照らしてくれた太陽、しめった土の純粋さ、ただそこにある山たち

ありがとう。

今をフォーカスしながら、過去を旅した。
そうしたら、だれもがちゃんと生きていた。
わたしはいつまで”安心して息をできる場所を探してる”ふりをしているんだろう。
もしかしたらもうだいぶ前に完了してたのかもしれない。
もう大丈夫だった。

自分にたくさん◎をあげよう。

真夜中の灯り

 

今日のヨガ教室の帰り21時25分ごろ。

施設をでると、生徒さんが「先生おいで!」と呼んでくれて、今年初のホタルを見ました。

キレイにおしりから光放ってた。

帰り道、ホタルスポットに連れて行ってもらったけれど、時間が遅かったらしく、もう隠れちゃったようだった。

光って、たったの1点だけでも「キレーイ」って思えるし、心をわくわくさせてくれる。

ホタルが見えるのも、田舎の特権やね。

夜空も同じくらいキラキラしてた。

ホタルの寿命は1週間〜2週間。

そんな生息期間に出会うことができて、わたしは幸せである。

おやすみなさい。

一瞬の瞑想

 

ヨガクラス終盤、シャバアーサナが終わって、そこからゆっくり起き上がって楽な座位をとってもらう。

ほんの数呼吸瞑想をして、それぞれの体内の様子や呼吸の様子を味わってもらう時間を設けている。

☆安定して穏やかで呼吸ができていること

☆いつでもここ(丹田)に戻ってこれる場所があるということ

ヨガクラスをやっていて、もしかしたらこの、最後の最後のこの数秒が、一番好きな時間かもしれない。

時間が許すのであれば、その状態のまま、1時間くらい瞑想を続けたいくらいだ。(わたしはグループ瞑想好き)

生徒さんへあてた言葉は、きっと自分自身へ向けた言葉でもあるのだと思う。

 

今日もひとつクラスを終えて、ありがとうで満たされた時間だった。

おやすみなさい。

 

ホントウ

 

今日は宇宙の歯医者へ。

今までの歯があわなくなっちゃって、新しいのを作ってもらった。

私は、自分の歯を作ってくれた人も、接着する塗料を作ってくれた人も実際に会ったことがある。

「ありがとうございます」とお礼を伝えた。

私の身体や思考を創ってくれている畑の作物、大地に「ありがとう」を伝えるように、足りなくなった私の一部を治してくれた先生たちにも「ありがとう」。

 

人は、数字や文字だけで何かを判断し、それが心の安心材料になったりしている。

目の前に本当のホントウがないのに、それだと錯覚をしているみたい。

本当のようで、ホントウじゃないような。

 

本当のホントウの消化の仕方は、

きっとその出来事を見つめて、それで湧き出た体で感じきってあげること。

だから、ホントウの本当をみていない状態での認識で

勝手に悲しんだり、悔やんだり、嘆いたり、心を苦しませて、自分に暴力をふるうのはやめようね。

自己破滅

本質を知る、ことの第一歩。

この目で見つめて、この身体で感じよう。

それがきっと、本当のホントウだと思う。

 

※追伸

冒頭の”宇宙の歯医者”の何が宇宙かっていうのはまたいつか。

 

日々の覚醒事項

 

あんなに激しくて遠くを見渡すのが厳しくて刺激的な日々を生きていたわたしが

今は仕事もせずに、予定も立てずに、のんびーりと暮らしをしている。

どっちが自分の性に合うかなんて、未だに分からないんだけど

でもたくさんの刺激をうけて発信して、溜めて、試行して、進むしかなくて、愉快だったころに比べて

出来事や心の変化を、よりシンプルに本質を見つめるように、焦ることなく、ただ過ごすことができている気がする。

大地を感じることが多いココ数年だけど

それ以上に人に支えられて、実は生きてる。

 

 

わたしは人が大好きだ。

そんなわたしも悔しくて愛おしいほどに、人間だったんだ。

海の在る場所

 

七年前くらい

親に内緒で、海から徒歩5分くらいのところに住んでた。

またあの海がある景色に会いたくなった。

ってさっき思った。

思い出って、キレイになっちゃうから、ずるいね。

 

なんでやろ。

踊ることが好きで、踊ることが生業

 

わたしは踊るのが大好き!

踊ることは、私の場合は身体をすみずみまで探っていく果てしない作業のような気がする。

そしてこの肉体だけではなく、そこから先の感覚(ここでは第三次元と呼んでみます)までも意識ができる、まさに魂の旅。

第三次元へ意識が移っていくと、より肉体は繊細に、そして空間の中を遊びたくなってくる。仲良くなりたい!みたいな。

目にはみえないけど、そこにある空気を蹴飛ばしたくなったり、優しく触れてみたくなったり、かき混ぜてみたくなったり・・・

 

もし一般的に賞讃される「ダンス」

美しい曲線や技術でみるものを魅了するバレエや

イケイケ最前線のヒップホップなど

 

それらと比べてみたら、

わたしがするダンスは「下手」に部類されるかもしれない。(自分では「変態コンニャクダンス」)

よく、「お腹周りがクネクネしてて芯がない」と指摘を受けるし。

 

でも、ダンスは技術だけではないことが大人になって、本格的にダンスをはじめて気づくことが出来た。

「わたしはわたしのままで、わたしのダンスをしたらいいんだ」

もうダンスとそうじゃないもの、の境界線すら分からなくなっているけれど

 

それでも、間違いないことは

「わたしはわたしの踊りを魂の赴くままに全身で全うしている」

だから、そんなわたしの「ダンス」を見て、

面白いな〜とか、笑顔がこぼれたりとか、もっと見たい!

と思ってくれる人がいたら、

わたしはダンスを生業として生きたい。(2日前に決めました)

だって、わたしが音と一緒になるとき、わたしはわたしのようでわたしじゃなくなる。

わたしが空間と交わう時、最高のエクスタシーを感じる。

いつの日かポロッと、セッションしてくれる人、表れないかな。笑

 

音を操っている人たちとともに、よりクリエイティブな世界を創造していきたい。

 

わたしはダンスを生業として生きていく。

と決めたのです。