ローズの香り

 

部屋に常にお水が置いてあって、最近はよく飲むようにしている。

最近それを飲む度に、「なんかフローラルの感じが口の中に充満しているような」って感じていました。

気づいた。

先日ヨガの生徒さんにアロマスプレーをプレゼントして、それを作る時にそのミネラルウォーターを使っていたことを・・・

口部分についた精油がついていたことをすっかり忘れてしまっていた

 

 

完璧なローズの香り

どうにかしようだなんて、そんなことはできない。

あきらめる他ない。

口の中に広がっていたふわ〜っとお花畑のような感覚

人体的には結構危険な気がする。

でももう仕方が無いから、あきらめる。

 

満月

 

今日の満月にびっくり。

くらーい黄色をしていて、重たそうで、線が太い。

どよーんとしていて、ネガティブなイメージではないけれど、重みが姿形で伝わってきて、なんだか衝撃だった。

ヨガのクラスをしていて、本当に日々考えることが耐えないけれど、

今夜のクラスを終えたら、最初無表情だった生徒さんが、目をキラキラさせて、「普段こんなふうにやらないので、すごくわかりやすくて良かったです!」って伝えてくれて、クラス前の雰囲気と違いすぎて、本当に同じ人?!ってゆう感じやったけど、とても

笑顔がわすれられないくらい、すっきりキレイで可愛かった。

外に出たら、つきも薄い黄色く透明になっていて、まるで今日のその生徒さんみたいになってた。

月に翻弄されやすいわたしだけど、

もう一瞬一瞬を味わいきるしかないんだ。

うん。

迷っても、心おちても、良い悪いのジャッジなんてない世界なはずだから

たくさん自分に問い掛けた一週間だったから、今日から満ち欠けていく月とともに、双子座の夜空をかぎりなく満喫しよう。

畑と共存中

 

今日は朝市の為、朝から収穫と袋詰め。

畑にはイチゴとそら豆。もうそれらができる時期なのか〜。

色鮮やかで生き生きとした農園!

心癒される。

朝市後は畑にてブロッコリーとキャベツの苗を植え付け。

50cmごとに苗を植えていく。

農家さんの指示のもと、ひとりではなくみんなで作業していく。

ちゃんと休憩の時間があり、みんなで土手に座っておしゃべり。

こうやって、のんびりと作業できる

何に追われることもなく作業できるのは、ちゃんと1日の作業工程を考えてくれている農家さんのおかげ。

畑は、せかしたりしない。

ただただ、待っていてくれる。

そこにそのまま居てくれる。

こんな素晴らしい環境のもとで、生かしてもらっていること

本当に有り難くおもう。

「ありがとう」

「お疲れさまでした」

「さようなら〜」

こんな気持いい状態で交わす言葉たちは、一段とキラキラしていて、心に透き通った風を流してくれる。

 

ありがとう。

 

本当にこの言葉に尽きる。

♩ いきてる きぼう

 

たのしい ひかり ふいてきたら
きみに おかしを あげよう
ぼくには すこし あますぎて
ごまかしたりとか してしまいそう

このはねを うごかすことができたなら
それは きみの いのりの おかげ

きみの そぶりに すこしかなしくなって
おとなになれない ぼくだよ
しんこきゅうしたら すこしおとなになれるかな

ありがとう こんにちは おやすみなさい
かわすのは こころ と こころ
ふれあえる よろこび
いっしょに かんじよう

このそらを ぬけるような
たましい おとを かなでよう
ららるら きみのすきな おと
いっしょに かなでよう

ららるら るらら
らららら るらら

 

ママヨガ教室が終了しました

本日を持ちまして、ママヨガ教室をおしまいに致しました。

いつもと変わらない穏やかな時間。
いつもと同じく子どもたちの可愛らしさにいちいちノックアウト。

毎回同じようで、常に子どもたちも、お母さんたちも変化している。そしてわたしも。

今日は最後のレッスンだけど、ずっと受けたいと言っていた生徒さんが受けにきてくれた。
史上最年少の2ヶ月の赤ちゃんを連れて。

レッスンの前半は、ずっとオギャーーと泣いていたけれど、鼻をすする音とか、荒い息は、とっても素敵なBGMだった。

後半は、だっこさせてもらいながら誘導をすると、目を閉じてスヤスヤぐっすり。
心地よいシャバアーサナの時間。

有限の中に、無限がある。
赤ちゃんは、たくさんの可能性を持って、もうそのままでOK、ありのままでいいんだよ。って教えてくれる。
一番エネルギーに満ちあふれていたこの子には、どんな未来が待っているんだろう。

わたしは赤ちゃんが大好きだ。
だから、ママヨガ教室の時間は本当に幸せがたっぷりでした。
今までご参加いただいたみなさんに、心から御礼申し上げます。

どうもありがとうございました!

東京というもの

彼が写真をはじめる前に、旅先で出会った。
そのあと彼は農業したり、行ったりしながら
どこに住むのかな〜なんて思いながら東京に住んでいた。
私の実家も関東なので、何度か東京で顔を合わせていたけれど
大学で東京に出てきて、夢を追いかけて、でもうまくいかなくて、実家に帰ってあとを継ぐ、とか
漫画やドラマでよくある話だけど
本当に経済的な面で厳しかったり、本当に多くのもので今冬としている状態を目の当たりにして、心境の変化が生まれたり、厳しい面があるのだと思う。
そんな中で、今でも尚、自分が「好き」だと自信のあること、それでやっていこうと強い志でがんばっている彼を尊敬する。
それにはもしかしたら色んな妥協や緩みも必要だと思うし
ひとりで考えたり、葛藤したりもあると思うけど
現に、今こうして東京でやっているのだから

私は高校から東京に出たから
渋谷原宿新宿THE TOKYOで育った。
だから満員電車や混雑する駅も当たり前だし、ストリートに溢れ帰る人や情報の多さにも慣れていた。(気づかぬストレスは相当あったと思う)
だけど、地方からでてきて、すぐに「帰る」場所がない人たちもたくさんいて、色んな刺激や衝撃を受けて、自分に合わなかったら去っていくし(故郷に戻るというのかな)、合わなくても図太い心でどうにか自分を押し殺して目的を達成させようとするし、本当にそれぞれなんだな。
こっちに実家がある私は、本当に恵まれていたんだな〜と
ゴールデンウィークに帰郷して感じました。

とにもかくにも
私の記録を残してくれた彼は、きっと今後写真から離れることはないし、強い信念と自信とともに、生きていくと思うから
ほどよーく、頑張ってもらいたいな、って思う。
いつもありがとう。


わたしは、君の写真がすきだよ。

GWに帰省した理由

 

今年のゴールデンウィークは、両親からのお呼びかけで帰省をしていました。

理由は、じいちゃんが亡くなってからひとりで暮らしていたおばあちゃんと両親が一緒に住むことになり、引っ越しと家の建て直しで、私も荷物整理が必要だったということ。

もう工事は進んでいて、見事におばあちゃんの家は大幅崩れかけ、お庭の柿の木と廃材だけが残っていた。

 


うーん、なんとも言えない状況。

数年前、亡くなった人の家を片付ける仕事はしたことがあるけれど、そこまでこうゆう状況を目の当たりにする機会ってないから、なんだか不思議な気持に駆られた。

物なんて、あっという間に壊れてしまったり、なくしたり、消えていくんだね。
そこにあった思い出たちは、何十年も暮らしていたおばあちゃんやおじいちゃんに比べたら、私なんて比べものにならないくらい僅かなはずなのに、おしだ家の今までの暮らしを想像したら、勝手にセンチメンタルになった。

母親に「あーなんだか切ないね〜」「さみしい〜」ってつぶやいたら、

「未来に向かってるんだから、新しい門出を祝う為なんだよ!」

と、現実的でごもっともな一言。

そうだね、みんながより快適に過ごせるお家ができますように。

次に帰省する時はきっと新しいお家が建っていると思うけど、みんなが笑顔で過ごせていればいいな。

願うのは本当にそれのみだ。

 

仕事というもの

今朝ヨガの生徒さんからとどいた

ヨガのレッスンでは、じぶんが

・すき
・たのしい
・しあわせ
って心が満たされている瞬間(もっとふさわしい言葉がありそう)がたくさんある
で、それをしている
それらを共有する為に、少しでもお伝えする為に、それをしているだけ
効果を感じるのは、早い人もいれば、時間がかかる人もいる
それでいいと思う
私はうえの3つをして、ただ感じているだけで、お金をいただいている
それってなんて贅沢なことなんだろう
そういう瞬間をふやしていくことが、
もしかしたら「ワガママ・自分勝手」と思う人も中にはいるかもしれない
でも本当にそうかな?
ヨガの生徒さんから今朝おくられてきたこの絵は
今日わたしの宝物になった
きっとこの方はもともとこういう性質をもっていたと思うけれど
ヨガを
自分のしたほんのささいなこと
ずっと恩に感じてくれている
OMという言葉、昨日たくさんいった
おとといはたくさん書いた
こんなにも忠実になることで、こんなにも幸せを感じて
傘については、
わたしはしらない
もしかしたらみんなで所有しているものかもしれない
だれの土地?とか
だれのもの?
これはわたしのもの
とか、
この世界には、
そんな概念ないのかもしれない
だって、あの山をみて「ああ、キレイだな」
そう思える気持がそこにあるだけで十分だ
そこに目に見えるものや、
安心感や安堵感や安全は、目でみるものじゃない
目に見えなくても、このカラダでめいっぱい感じられるものだ
そんなのを感じられるわたしでいよう
わたしでいられるということは、あなたの幸せに繋がっているということ
もし自分の中に強いこだわりがあって
それが少し窮屈に感じていることに気づいたら
そっと さようなら してみたら
ふわ〜っっと さりげない事柄だったことに気づくかも
やっぱりヨガは生活の一部だ
と感じた出来事でした
あまりにも世界は完璧です
どうもありがとう。

Physical dance workshop / 京都

乗り物全般が苦手なのに、遠くへ行きたがる。
その先に魅力的な目的があるから、会いたい人がいたり、見てみたい景色があったり、
そういう気持は、乗り物酔いという最大の苦手分野をこして、
最高の経験としてわたしに染み込んでゆく。

ずーーーっと受けたかった東野祥子さんのフィジカルダンスワークショップに京都まで行ってきました。(もちろん電車内では気持悪くて涙を流しながら。笑)
2時間の中で、ありとあらゆる部分を動かし、意識を向ける。
コアも鍛えるし、身体のクセや使いやすいポイントを知る。
体現しようとする、やろうとする。仕組みを知ろうとする。
今回受けてみて、身体を操れるようになりたい。掌握させたい。体現し続けられる自分でいたい。そう思いました。
身体を四方に自由に動かすけど、ちゃんと軸がある感覚
細部にわたって、自由ということを良いことに、ほったらかしにするクセも直したいし、身体かしこくさせたい!
うんうんうんうん。色んな想いが溢れてくるね。

また受けたい、って思うから、今年は京都に行く機会が増えそうです。
不器用な身体なことは重々承知。
でも、私の身体、もーっと色んなところへ連れて行ってあげたいし
感覚を味あせてあげたい
だから、もう私は私でこの身体だから、またヨウコ先生のワークショップに通い続けたいと思いました。

いつまでも、踊り続けよう。

4/29 meditation

5:45~6:00
背骨を丸めてみたり、頭の重さを感じてみたり、そんな動きをしていた。
なぜなら、「真っすぐでなければいい感覚が味わえない」という概念が自然と入り込んでいるように感じたからだ。すると、脳みそも身体も緊張感が走ってしまうような気がして、今日はゆるめて、「動いてもいい」と身体に伝え自然な状態で行った。
眼球も途中で動かし、バランスを整えようとする行為をいくつかしていた。
呼吸は違和感なくスムーズ。そしてここでも「深く細く」などの意識はなくして行った。あくまで自然に。
今日して思ったのは、「ありのまま」「しぜん」という状態を忘れがちになっていたこと。バランスを調整するのはとても良いことだと思うが、良いという状態に相応しくない時、そうしようとする過程に付随する思考に「これがベスト」と理想型をはめ込んでいるような気がしたから。
「そうならなくても、そのままでもいいんだよ」という自然体でいられたら、もしかしたらそれが今の私の「いい状態」なのかな、と。
そんなこんなで、身体感覚ではまだ7分くらいかなで目を開けたが、そうしようとしていた6:00に目を開けた。今の自分に合っている瞑想時間だと思う。
微細になりすぎて、今の状態を「受け入れる」ことをしていなかったように思う最近の瞑想だったが(「整えよう」に比重がのっていた)
また発見の繰り返しで、太陽の日差しも有り難く
こうして静けさとともにあれる心に感謝した。