4/27 meditation

9:38〜9:43
かなり遅く短い時間での瞑想になった。(どうしても時間の終わりがありこんなんになってしまった)一見不適切な状態のように思えるが時間よりも質、そして継続が大事だと思っているので全ての現象にOKを出した。学びはあった。
骨盤に少し力みがあることに気づいた。座骨がマットに均等に接している感覚を得たいが為に、「骨盤をおこす、背骨をする」という動作を当たり前のように行っていたが、気づくと骨盤周りが硬く緊張していることに気づいた。そのときふーっと息をそこに吹き込む様に呼吸をしたら、いっきに緩まった。この感覚は非常に気持よい。
今日はこの短時間で瞑想しながら人のことを考えてた。ですが、自然と思考は消えて集中できた。目を開ける時の感覚はやはり心地よいもので小さく優しい何かが見守っていてくれるようなふんわりとしたものだった。

memo:でもやはり最低10分の瞑想は行いたいものだ。

4/26 meditation

今日は座骨への違和感なく瞑想がはじめられた。とても自然な感じ。

思考は働いて、楽しいことや、見た夢を回想してたらにやけてた。

感情が少し働いたからなのか、

以前と名時。また右目から涙が出てきた。今回は目の4頭分にした目頭から2番目くらいのところ。鼻の真ん中ら編まで流れて乾いた。これには驚いた。何の要因もなかったから。

人が来たけどそれで目覚めるのは。。。だったので続けた。非常に安定していた。その日に何が行われるか、これから何があるかで感覚が違うと思う。バイオリズムを体感しまくっている。

でも目を開けた時の穏やかな感覚は

ここから何かがずっと続いていくという安堵感につつまれて幸せな気持になる。

日常に入るが、がんばろう。

蓮華の中の農村ヨーガ開催しました!

先週4/22 生パスタ工房&農家イタリアンPasta sorriso とのコラボイベント蓮華の中の農村ヨーガを開催しました。
当日は晴れ!少し心配していたレンゲたちも思い思いに咲き乱れ、最高のロケーションの中幸せな時間を過ごしました。

美味しいお料理と、場所を提供してくれたソリーゾスタッフの皆様、
ご参加いただいた皆々様、
気持ちよく迎え入れてくれた大地と風と空と虹と鳥と山とレンゲ、
あの瞬間にあった、全てのものたちに心から感謝申し上げます。

普段よりも伸びをするのが気持ちいーい!

  

自然の恵みを、いーーーっぱい受け取り、

  

ランチは、海の幸(写真左)と山の幸(右)真ん中にソリーゾさんの田んぼでとれたお米のお粥。イタリアのスイーツと和菓子も添えて・・・。
※ちなみにお皿を置く位置も、地球の自然や時の流れの象徴「369」の配置になっている)
ひとつひとつ丁寧に、食す私たちのことを考えてこの日の為に用意してくれた優しいごはん。
本当に心があたたまる味でした。

            

いつもクラスに通ってくださている生徒の方や、
久々に会う友人、初めましての人、
そしてキッズたちの存在に最高の癒しをもらい
いい時間はあっとゆう間に流れていきます。
ヨガの途中に虹が表れ、虹観賞タイムになったり、シャバアーサナで皆の姿が見えなくて面白かったり、感謝歌もうたうことが出来ました。

自分が自分らしくあれることが、こんなにも感動へと繋げてくれる。
ソリーゾさんとの農村ヨーガイベントはこれからも続いていきます。
次回もお楽しみに♡

ありがとうございました!

4/25 meditation

am8:11〜8:23
今日はすんなりと心地よく自然に瞑想状態に入れた。

必ずしも毎回思考が停止することはない。

たくさんの考え事が浮かびながら、無理にそれを消そうとすることもせずに、ただただ集中する。

今日は、息を吸い込むときの鼻の表面の感覚が、ふわ〜っとやわらかく広がっていくような感覚がとても気持ちよく、「ずっとしていたい」という気持になった。

相変わらず左右の感覚の違いに、敏感になり少しずつ整えながらの、基礎行程。

いつも右側への違和感が大きいように思う。今日も座骨が深く畳に降りている感じがあり、それを継続していた。瞼も右の方が重たく感じる。

そう感じるとその意識に固着しそうになるので、目を瞑りながら、左右上下に眼球を動かすことをしてみた。少しではあるが、重さが均等になった気がする。

こめかみのあたりを常にやわらかくいれるようにしてみようっと。

目覚め

最近どんな時間に就寝しても

4時台におきることが増えた

一番世界がピュアな時間に

一番ピュアなカラダで

配達のバイクの音でも、ネコの喧嘩でも、太陽のひかりでもなく、

鳥の声がわたしの身体を目覚めさせてくれる

目覚めたら、5分くらいは、その身体の感覚をたのしむ

少しふわっとしたような、やわらかーい感じ

こんなに平和な時間は1日の中で、この瞬間だと思ってる。

おはよう。

4/20 meditation

9:15~9:25

今日の瞑想時間は短かった。

体感と時間感覚は同じくらい。

ただ、この時間の瞑想は遅いと感じた。車を移動させなければいけないという焦りを伴い目を瞑っていたので、本当の意味で何もきにせずできなかったように感じる。

お腹の調子は通常通り。やはり吸う息での味わいの方が強い。

初めから、通常よりもほんの少しだけ鼻腔への意識を強めに呼吸を続けた

初めの方は思考がふつふつを浮かんだ。「消そう」という強い意志も働かなかった(いいこと)

座骨周りを整えたが、右の座骨がマットと接地する感覚が大きくあり、左座骨周りのお肉を斜め牛後側へ出し直した。これでバランス感買うOK。でも下着にも気を遣わないと、それだけで感覚が違うと思った。ずれなどで左右で感じ方が違うと思ったから。膝に置いている手の感覚も左右差があることに気づいた。左手を動かし、より均等に重みを感じられる様に調整した。

斜め45度くらい下を見つめての瞑想だった。

あごを左右に揺らすクセをしてしまうことに気づいた。まだコリコリとなる。自分の中心やバランスを整えようと自然にしてしまうのだと分析する。

少し時間をきにする、という何点はあったた、目を開けた瞬間やその後は、非常にこころ静かにいい状態だと確信をもてた。

※どれをとっても瞑想することで気づきがあることが大きな習得や学びがあるので

どう感じようと、すべて起きた、感じた事柄に付いて「NG」ということはない。

4/19メディテーション

 4/19 AM8:43〜8:58

右目の内側から涙がでてきた。はじめはきづかなかったが、滴が涙袋をに到達した瞬間にきづいた。

悲しく、あくびとしたわけでもないのに

瞑想直後左目から涙がでてきた。これはちょっとだけ。

右目からの涙について、下に流れていく様を観察してみた。

スピードはおそめ。重さも普通で軽め。ゆっくりささやかな速度で下に降りていった。

あごまではいかないくらいの距離でとまって乾いた。

何も不自然なことはなかったが、涙に気づいた数秒後に、「どうして出てきた涙だろう」と理由を探していた自分がいた。

思考も少なく、スタンダードであった今日の瞑想。

両目からの涙。

自然にながれてきたもの。

もしかしたら非常にリラックスしていたからかも。

きっと、感情的なものではなく、解剖学的に何か根拠があっての現象かもしれないから、神経系がどのような働きをしているのかなど、そういったことについても知ってみたいと思った。

呼吸については、
鼻腔の中に息が通過する感覚で、特に吐く時が感じにくいので、
途中から少し強めに吐き出して、感覚を感じさせてみた。

そうしたら、のどではなくちゃんと鼻を通過している感覚を味わえた。

吸う感覚は味わいやすいが、吐くのは粘膜を通る感覚がにぶい。

みんなはどうなんだろうか。

今日は、目をあけようかどうしようかはそこまで悩まなかった。

「ありがとう」という言葉は浮かんだが、「幸せ」はなかった。

はじめの1分はお腹の中がすっきりとして、吐く息でペタッとお腹が平たくなっていく状態が味わえ、心地が良い。

いい感じ。

「涙」とかくと悲しみや喜び、少し感傷的なイメージを持ちやすいが、とってもポジティブなもの。

エバー

どんなきっかけかは忘れちゃったけれど、

地元神奈川から友人が弾丸でやってきた。(わたしの声を合わせてみたかったらしい)

彼は曲を作るのが趣味なので、せっかくなのでレコーディングをすることにした。

わたしが14才くらいの多感な時期にかいたナゾの歌詞を気に入ってくれて

それに曲をつけてくれた。

すごくうれしい。

 

 

そのノリで、PVみたいなの撮ろうよ!と、外に出る。

何かあるようでなにもない。ようで何かはあった。

「よし。またなにかやろう」

と誓い、彼は神奈川へ帰っていった。(9時間かけて)


行動は必ずしも幸福をもたらさないかも知れないが、行動のないところに幸福は生まれない。byベンジャミン・ディズレーリ

という言葉が頭をよぎった。

本当にその通りだね。

これからがたのしみ。

ありがとう。

傘の話

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晴れた日に
僕を入れてくれた見えない傘

誰も見てない
でも僕は見てる

晴れた日は
歌おうね

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今朝ヨガ教室の生徒さんから画像付きでメールがとどいた。

以前雨天の時にたまたま貸した傘に

結構まえのことなのに、改めて感謝をお伝えいただいた。

ヨガの生徒さんから今朝おくられてきたこの絵とその心は

今日わたしの宝物になった。

きっとこの方はもともと感謝を伝えるのが上手な性質をもっていたと思うけれど

自分のしたほんのささいなこと、ずっと恩に感じてくれている

なんて幸せなんだと心から実感した。

私は生徒さんに本当に恵まれている。

どうもありがとう。